お姉さまとキャサリン
人物
綾瀬恭子(19)
綾瀬舞(17)
綾瀬慎太郎(50)
綾瀬晶子(47)
○ 西麻布・高層マンション・全景(夜)
○ 同マンション・最上階・窓際の部屋(夜)
革ジャンでミニスカート、黒髪の綾瀬恭子(19)。恭子が耳にイヤホンをつけて踊っている。
○ 同マンション・リビング(夜)
ゴールデンリトリバーの犬が餌を食べている。
ワンピース姿でブラウンの髪、白い肌の綾瀬舞(17)。舞がテーブルに食事を並べている。
綾瀬晶子(47)がキッチンでご飯をよそっている。
昌子「舞、みんなを呼んできて」
舞「はーい」
○窓際の部屋(夜)
舞がドアを開ける。
舞「お姉さま、食事ですよ」
恭子は目線だけ動かして、踊り続ける。
○ リビング(夜)
綾瀬慎太郎(50)と昌子、舞が四角いテーブルに座っている。
テーブルには、中央にから揚げの載った大皿、まぐろの刺身の皿とそれぞれの人にごはんと味噌汁と豆腐が置いてある。
恭子が来て椅子に座る。
恭子「大体なによ、このメニュー、から揚げ、マグロに、豆腐!。動物性たんぱく質に、魚たんぱく質に植物性たんぱく質、もうたんぱく質たんぱく質たんぱく質」
舞「単細胞でワンパクなお姉さまにはお似合いですよ、タンパクマン、あ、ウーマンか」
舞が上を見上げる。
恭子「なに?」
舞「さみしいわ、せっかく突っ込んであげたのに」
恭子が箸を持つ。
昌子と慎太郎がまぐろの切り身を取る。
まぐろの皿が空になる。
恭子「あ、まぐろなくなった」
恭子が箸をなめる。
恭子「いただきます」
恭子が舞の方を向く。
恭子「ねぇ、キャサリン、醤油とって」
舞はご飯を食べ続ける。
恭子「キャサリン、醤油、醤油とって」
舞が手を止める。
舞「お姉さま、この家にはキャサリンなんて人はいません。」
恭子「なによ、茶髪色白のくせに、ふん」
恭子が箸を伸ばして、から揚げを取ろうとする。舞の箸も同じから上げを掴む。
恭子「なに?」
舞「なにか?」
から揚げをつまみあって恭子と舞が対峙する。
恭子「ちょっと、キャサリン、そのから揚げ、私のだから」
舞「あら?お姉さま、私の方が早いわよ」
恭子が舞をにらむ。
恭子「ちょっと、姉にゆずりなさいよ」
恭子が箸で引っ張る。
舞「なにするんですか」
舞も引っ張る。
恭子「ちょっと、年上を敬いなさい」
舞「あら、年上の器量のあるところをみせてほしいですわ、お姉さま」
舞が恭子を睨む。
恭子「ちょっと、パパ、何とか言ってよ」
恭子が慎太郎を見る。
慎太郎「あ、かあさん、おかわり」
慎太郎が昌子に茶碗を渡す。昌子が立ち上がる。
舞「こうしてやる」
舞が箸を回転させる。恭子が箸で掴んだまま体を回転させる。
恭子「ちょ、ちょっとなにすんの」
舞「あらっ、体を回転させてまでから揚げに御忠信ですか、その心意気すばらしいですわ」
恭子「うるさいわね」
舞がさらに箸を回転させる。恭子がそれに応じて椅子から降りて回転させる。
舞「負けず嫌いなお姉さまだこと」
恭子「ふん」
昌子がお茶碗を持って帰ってくる。
恭子「ちょっと、ママ~」
昌子「はい、お父さん、ごはん」
昌子が慎太郎に茶碗を渡す。
慎太郎「うむ」
○ ベランダ(夜)
ゴールデンリトリバーが走り回っている。
○ リビング(夜)
慎太郎が茶碗と箸を置く。
慎太郎「なぁ、母さん、あの特製のコーヒーが飲みたいな」
昌子が立ち上がる。
昌子「はい」
恭子と舞が立ち上がって、箸でからあげをつかみ合っている。
舞「お姉さま、そろそろこの状況やめませんか?」
恭子「そ、そうね、キャサリン」
恭子と舞が椅子に座る。
舞「ほかにもから揚げはあるんだから、そっちをたべましょうよ、ね、ね」
恭子「そうよね」
から揚げが皿の上空で止まる。
舞「離して頂けません?」
恭子「離すわよ、キャサリンこそ」
箸先に注目する二人。
恭子「じゃぁ、せーの、で離しましょうよ」
舞「さんせ~い」
恭子「せーの」
舞「せーの」
恭子「のぉぉぉぉぉ」
舞「のぉぉぉぉぉ」
箸先に注目する二人。
恭子「ねぇ、うち結構裕福な家庭じゃない?から揚げの取り合いって、アフリカじゃあるまいし」
舞「あら、差別発言ね、アフリカの方に失礼じゃない?」
恭子「なにそれ」
舞「イエローカードね、お姉さま、減点です」
○ ベランダ(夜)
ゴールデンリトリバーが座り込んであくびをする。
○ リビング(夜)
慎太郎と昌子がコーヒーを飲んでいる。
慎太郎「キリマンジャロ、なんでうまいんジャロ、もう一杯」
昌子「あらっ、字余りですよ」
慎太郎「こりゃ、一本取られた、ハハハッ」
昌子「それほどでも、オホホホ」
恭子と舞が椅子に座り、から揚げをつかみ合っている。
恭子「ねぇ、キャサリン、そういえば、私の香水使うのやめてくれない?」
舞「あらっ、いいじゃない、減るもんじゃなし」
恭子「減ってますから、2倍の速さで」
舞「お姉さまの広い心にはそのような瑣末なことは気に止まらないとばかり」
恭子「止まりまくってますわ」
舞「あらっ、怖い怖い」
恭子「だいたいね、高校生が使うような香水じゃないの?わかるかな?」
昌子「あらっ、意外と好評よ」
恭子と舞が昌子のほうを振り向く。
慎太郎「うむ、OL達にも好評だったぞ」
恭子「お、お父さん?」
恭子と舞が慎太郎のほうを振り向く。
○ ベランダ(夜)
ゴールデンリトリバーが眠っている。
○リビング(夜)
恭子と舞が椅子に座り、から揚げをつかみ合っている。
舞「ほんとうは、から揚げ以外に渡したくないものがあったりして?」
恭子「な、なによ、それ、そんなのないわよ」
舞「ならいいでしょ」
恭子「わかったわよ」
恭子が箸を話す。舞が微笑む。
舞「じゃぁ、頂くわ、ふふっ」
恭子「ちょ、ちょっ、ちょっと」
舞が口元に運んだから揚げを、恭子が掴む。
恭子「なによ、それ」
舞「あらっ、勘ぐり過ぎですわ、お姉さま」
恭子「なに~」
舞「から揚げはから揚げでしかないのですよ」
恭子が舞を覗き込む。
恭子「もしかして、私になにか隠してるでしょ」
舞「あらっ、隠し事なんかありませんわ」
恭子「うそおっしゃい」
舞「隠してなんかいませんわ」
舞が恭子を見つめる。
恭子「どういう意味?」
舞「言葉通りの意味ですわ、お姉さま」
慎太郎がソファでテレビを見ている、振り返る。
慎太郎「なぁ、母さん、ドラマいいところだぞ、こっちで見たらどうだ?」
昌子をキッチンの台に膝を着いて恭子と舞を見ている。
昌子「あらっ、お父さんこそ、今いいところよ、こっちで見たらどうですか?」
恭子と舞が立ちあがって、から揚げをつかみ合って、睨み合っている。
作品名:お姉さまとキャサリン 作家名:桜崎春男