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我的愛人 ~何日君再来~

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第六章



 おとぎの国はいつしか魔性の国へと変わっていた。
 あの出来事があってから私は自他共に認める彼女の新たなお気に入りとなってしまった。頻繁にお呼びがかかるようになり、邪魔な取り巻きはおらず二人きり。二階の、店内をぐるりと見下ろせる特別席を借りきって夕方から時には朝まで東興楼で騒ぎ、遊んだ。あの人は私にいろいろな事を教えてくれた。ダンスに麻雀、撞球にお酒……大人の世界に憧れる私はいけない事と知りながらも、それら全部を吸収するのにたいして時間はかからなかった。

 その夜のあの人は少しお酒が過ぎたようだった。
「あの時のヨコチャンには正直驚かされたよ……あんなに歌が上手いとは思わなかった」
 実は私は李家の養女となった翌年、当時レッスンを受けていたロシア人教師のリサイタルの前座を務めた縁で奉天放送局にスカウトされ、「満洲新歌曲」というラジオ番組の専属歌手となり、「李香蘭」の名前でデビューしていたのだ。そのいきさつを話すと、あの人は眉を顰め酔って潤んだ眸を曇らせて私を覗きこんだ。

「李香蘭……ヨコチャンのもう一つの名前か……」
 私が歌手としてデビューしていたということよりも、中国名の方に興味を持ったようだった。
「もう一つあるの。北京の学校では藩家のお義父様から頂いた藩淑華で通っているわ。お兄ちゃんは? 本当のお名前があるのでしょう?」
 あまり減らない私の小さな杯に琥珀色のお酒を注ぎながら、あの人は髪をかきあげて少し寂しそうに笑った。
「あるよ」
「何というの?」
「金璧輝」
 私からふっと視線を外し、片手で頬杖をついて低く早口で呟いた。
 そういえばあの小姐もそう呼んでいたのを思い出した。
「素敵なお名前ね。お兄ちゃんにぴったりだわ」
「ありがとう」
 そう言ってあの人は自分の杯に並々とお酒を注いで一気に飲み干した。それを立て続けに二杯。今夜はずっとそんな乱暴な飲み方で私は内心ハラハラしていた。気だるそうに頬杖をつくその横顔は、酔いのせいなのかいつもよりさらに白く濃い翳りを帯びていた。
「愛新覚羅顕㺭」
「え……?」
「正真正銘、本当の名前」

作品名:我的愛人 ~何日君再来~ 作家名:凛.