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長谷川貴志
長谷川貴志
novelistID. 38438
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21時前の電話

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夜いつも決まった時間にかかってくる間違い電話があった。それは仕事から帰るとまずテレビをつける行為ぐらい自然なものだった。今日もまた仕事から帰るとまずテレビをつけた。次に疲れた身体を癒そうと冷蔵庫を開けビールを飲んだ。プシュッ、ゴクゴクゴク。この一杯のために俺は生きてるんだなぁなんて事をしみじみと思った。ソファに腰掛け何とはなしにテレビを眺めた。見てはいるが、見てはいない。見ようとも思わない。家に帰ってきてまで頭を使いたくはない。ただ眺めているだけだ。誰が誰か分からないプロ野球中継を眺めながらビールを飲み煙草の煙をくゆらせている。この時間が俺にとって何事にも代え難いプレシャスタイムだった。子どもの頃に見た選手はどうしてあんなに大きかったのだろう。今この画面に映る選手はどうしてこんなに小さいのだろう。今活躍している選手の方が遥かに技術的に勝っている筈だろうに。などと思いながら。そんなプレシャスなひとときを過ごすのが俺にとっての日常だった。その他にも見てはいないテレビをつける意味はあった。時間を確認するというものだ。テレビをつけていると何も考えずとも時間を把握することが出来る。もうそろそろかかってくる時間だ。プロ野球の試合が終盤に差し掛かり、中継終了のテロップが流れ始めると、やはりかかってきた。テーブルに置いたネイビーブルーのガラケーがバイブ音と共に小刻みに動き出した。ウー、ウー、ウー…ウー、ウー、ウー…。三十秒じっと見つめた後で止まった。もう一か月になる。初めの二日間は出た。だが無言だった。それから一週間ぐらいは何の嫌がらせだこの野郎俺に何の恨みがある。と怒りを募らせたものだったが何の実害も無いことに気付きそれ以降無視することにした。同じ時間に同じ相手から間違い電話が来る。知らない相手だが。無視すればいいだけのことだ。俺はそう思っていた。

 明くる日、またいつものように仕事から帰ってまず最初にした事と言えばテレビをつけることだった。いつものようにテレビをつけ、いつものようにビールで仕事の疲れを癒し、いつものようにこの一杯のために俺は生きているのだなぁとしみじみと思った。そしていつものように定位置に座り、いつものようなプレシャスタイムを過ごした。多少の疲れがあったのかもしれない。この日は仕事でミスしたこともあって知らぬ間に眠っていた。深夜に目が覚め携帯を見ると着信は無かった。いつもあるものが無いのはどこか不足感があった。例えそれが間違い電話という不必要なものであっても。その日からぱたりとかかってこなくなった。不思議なもので、かかってこなくなると待ち遠しくなった。いつもの時間になると、今日はかかってくるんじゃないかと期待するようになった。一日、二日、三日…日毎追う毎にその思いは強くなった。次かかってきたら話してみたい。そう思うようになってさえいた。何を聞こう。何故俺のところにかけてきたのか。目的は何なのか訊いてみたくなっていった。

 それから何日経っただろう。その日もいつもと同じようにプレシャスタイムを過ごした。今日こそはかかってくるんじゃないかという予感があった。そろそろかな。その時間になると、携帯が鳴った。ウー、ウー、ウー…ウー、ウー、ウー…。着信はその番号。二つ折りの携帯を開き通話ボタンを押した。「もしもし」「・・・・」無言。「どちら様ですか」「・・・・」やはり無言だった。待ちに待った電話がかかってきたのだけれど、ノーリアクションの無言の相手に急速にテンションは落ち、どうでもよくなってしまった。だが、ふとこのまま切らなかったらどうなるのだろうという考えがよぎった。前に出た時はあったが、その時はここで切っていた。とりあえず携帯を耳にあてたまま煙草に火を着けた。煙を思い切り吸い込み、吐いた。「あなたが誰か知りませんが何かしゃべってくれるまで切りませんので」と一息で言った。「・・・・」無言。携帯を耳と肩ではさんだ体勢のまま考えていた。この相手は誰なんだろう。思い当たる節は無い。誰かの恨みを買った覚えも無い。ストーカーだろうかとも考えたこともあった。だが、俺を付け回して何の得がある。俺には地位も名誉も金も才能もルックスも何も無い。何一つ取り柄が無いことが唯一の取り柄ですという自覚さえあった。俺を付け回す奴などいない。その自信はあった。だからこの相手はストーカーではない。じゃ一体誰なんだ?いたずらか?だが何も被害はない。人畜無害ないたずらか?そんな暇な奴がいるのか?一体誰なんだ?答えてくれれば・・・・携帯を右手で持ったり、左手に持ち替えてみたりしながらその間煙草を一本、二本、三本と吸った。人の気配は無いが、まだ切れてはいない。通話中のままだ。十本目の煙草の火を消している時だっただろうか。かすかに通話口の向こうから声が聞こえた。「…あなたのことが…あなたのことが…好きなんです…」それは聞き覚えのない女の声だった。日頃、女との接点が皆無の俺に聞き覚えのある声などあるわけがなかった。幾ら思いを巡らしても思い当たる女の姿は浮かび上がらなかった。だが聞こえた。携帯電話の向こうから。女の声で俺のことが好きだというその言葉が。その声は妙に色っぽく、気付いたら勃起していた。また、気付いたら左手でその勃起したペニスをまさぐっていた。「あ…あの…それは…どういう…」「ツー、ツー、ツー、ツー…」電話は切れた。「切れた…誰なんだ…一体…」暗がりの部屋で切れた携帯電話に向かって独りごちた。その妙に艶のある知らない女の声に触発され欲情した俺は、その夜、独りAVを観て抜いた。次にかかってきたら詳しく訊いてみようと思っていたが、二度とその電話がかかってくることは無かった。
作品名:21時前の電話 作家名:長谷川貴志