アルフ・ライラ・ワ・ライラ5
こそこそと物陰にかくれて彼女たちは盗賊の様子をうかがった。砦にもどって一息ついたのか、さっそく男たちはわいわいと酒を注ぎ飲み干していく。魔法はまだとけないようで、隊商の面々は一所に集められ横たわり、ぐっすりと眠っている。
「ねぇ、ジャハール。どうしたら、みんなにかかってる魔法がとけるかな?あなたの力で何とかならない?」
「できなくはない。が、めんどうだ」
「何よ、それ」
思わずイオの声がはねあがる。
「この魔法は精霊魔法だ。オレたち魔神や精霊はな、基本的に他者には不干渉なんだよ。やってできなくはないだろうが、それよりあの煙をあやつってる奴をぶっとばした方が早い」
「ということは、あの盗賊団に精霊がいるってこと?!」
「ああ、おそらくな」
探していた精霊が、こんな所にいるなんて。
「ちょうどいい、見つけ出して止めよう」
だが、キッと表情を引き締めたイオの背後から、すくっとカラムが立ち上がった。
「いいや、おとなしくしてもらうよ」
「え?」
突如、背中に突きつけられた鋭い刃の感触にイオは息をのむ。
「そっちのキミも、彼女の命が惜しければ、下手な抵抗はしないことだね」
「・・・どういうこと、カラム!」
イオの誰何に答えることなく、カラムは声を張り上げる。
「野郎ども!ここにもお客人だ!丁重におもてなししてさしあげろ」
「おかしら!」
どさりとイオを盗賊たちの足下に投げ捨て、長剣でジャハールを牽制しながらカラムは火に歩み寄る。盗賊たちの親しげな視線に頷きながら、口をひらいた。
「いつも油断すんなって言ってあんだろうが、まったく、てめーらは。おかげで無駄に体力使っちまったぜ。ったく、計画通りにはいかなかったが。まあいいさ」
「おかしら・・・カラム!まさか、あなたが!!」
驚愕に見上げるイオに、盗賊の頭はいつもの様ににっこりと微笑む。変わらぬ笑顔に、この場に似合わぬその異質さに、イオは気圧され後ずさる。
「本当はね、おれが隊商に護衛として雇われて、そして頃合いを見て、こいつらに襲わせる計画だったんだ。でも、とんだ邪魔がはいたからね。いやぁ、特にそっちの彼はとんでもなく強い。だから、仕方なく『切り札』を使うことにしたんだ」
「それじゃ、この魔法を、精霊を操っているのは」
「すごいな、精霊にまで気づいていたとは。そう、おれだよ。といっても、オレは魔法の素質はまったくないからね、精霊だの、魔法だのよくわからないんだが。まあ、便利に使わせてもらってるよ」
「そんなこと、どうでもいいわ。今すぐ魔法を解いて。みんなを解放して」
キッと睨み付けるイオを涼しい顔で素通りすると、盗賊の頭はジャハールに声をかけた。
「なあ、ジャハール。あんた、おれたちの仲間に入らないか?」
「?」
「な!」
「あんたほどの強さがあれば、こんな小さい仕事じゃなく、街ごと攻め落とせる。どうだい?その小娘についているより、ずっと愉しい暮らしが待ってるぜ」
つまらなそうに事のなりゆきを見ていた魔神が、口元に危険な笑みを浮かべる。
「さて、どうするかな」
「ジャハール!」
手応えありと感じたのか、カラムの口調にいっそうの熱がこもる。
「そうだろ。どういう関係か知らないが、小娘のお守りなんざあんたには似合わないさ。オレたちと組もうぜ。そうだ、この盗賊団の副頭領にしてやるよ。金も女も酒も何もかも思いのままさ」
「・・・くだらねぇな」
「何?」
「くだらねぇと言ったんだよ」
侮蔑をこめて吐き捨てるジャハール、にべもない拒絶にカラムの顔が怒りに歪む。
「残念だ。お前はもうちょっと利口かと思ったんだが。・・・まあいい、恨むなら自分の浅はかさを恨むんだな」
懐から古びた香炉を取り出すと、カラムは叫んだ。
「いでよ!マムルーク!!」
その瞬間、古びた香炉はまばゆいほどの光を放ち、大量の煙が吹き出した。
「きゃ!」
『お呼びでございますか、ご主人さま』
そして、もくもくと立ちこめる煙の中から現れたのは、天をつくほど巨大な大男だった。体は鋼のようにたくましく、丸太ほどもある太い腕と足、眼光は鋭く金色の光を放ち、そして男の周囲にはあやしげな魔力が渦を巻いていた。
「あ・・あ・・・」
あまりの迫力に下肢から力がぬけ、イオはへたりと地面に座り込む。
――――まちがいない精霊だ。ジャハールと同じ種類の力を感じる。
現れた大男を従え、得意げにカラムは命令する。
「こいつがオレの切り札、香炉に封じられた精霊だよ。この魔法もこいつが操っているのさ。マムルーク、この生意気な小僧を叩きのめせ!!」
『かしこまりました、ご主人さま』
大男はジャハールへ足を踏み出す。一歩踏み出すたびに、大地が揺れ、地面は窪み、巨大な足跡がくっきりと刻まれる。精霊は無造作に拳を振り上げると、ジャハールめがけて振り下ろした。巨大な岩石のような拳がジャハールに迫る。
あんなものに敵うわけがない。つぶされてしまう。
「逃げて、ジャハール!」
イオは悲鳴をあげて、顔を覆った。
だが、予期していた轟音も、苦通の悲鳴もない。
おそるおそる指の隙間からのぞくと、大男の拳をジャハールは片腕で軽々と受け止めていた。
「なんだ、こんなもんか?」
黒の魔神はニヤリと不敵に笑うと、大男の拳を押し返しあいた片手をぐっと握り、中指をたわめていく。そしてギリギリと音が聞こえそうなほど強く力をこめた指を、大男にむかってはじいた。
「あんまり、がっかりさせんな、よっ!」
―――――巨体が吹き飛んでいく。
遺跡の残骸を巻き込み、ガラガラとすさまじい音をたて崩れゆく。あたりにはもうもうと砂煙が立ちこめた。
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
ぽかんと口をあけ目の前の光景を凝視する、イオ、カラム、盗賊の手下たち。あっけにとられる彼らを余所に、ジャハールはそのまま大男の元まで一足に飛ぶと、拳を振るい、足で蹴りつける。
『ぎゃ、ちょ、ちょっと、まっ、待ってくださ、いっ』
ビシバシと容赦ない攻撃とあわれな声。
「るせ、んな、見かけ倒しに、だまされると思ってんのか」
黒い青年が山ほどもある巨大な精霊を軽々と叩きのめしていく。
まったく、目を疑う光景だ。
一方的な展開に呆然と立ち尽くし、声もでない。
『参った!参りました!だんな!』
とっておきの切り札のあっけない降伏の声に、ハッと我にかえったカラムは、
「くそっ、こうなったら!」
怒りに顔を染めると、剣を抜きサマルたちに向かって走り出した。イオが叫ぶ。
「ジャハール、とめて!」
「ぐぅ」
反射的にカラムを追い、飛び出すジャハールだが。
―――間に合わない!
サマルに振り下ろされる銀の軌跡に、イオは悲鳴をあげる。
作品名:アルフ・ライラ・ワ・ライラ5 作家名:きみこいし