そして私達は夢の中で手を振った
2日前、あの子が死んだ。自動車に轢かれたのだ。
まだ小学生の彼女は、両親をなくし、近くの祖母の家に預けられたのだという。
私の家がその近所で、その子とであったのだ。
まだ名前も教えてもらっていなかった、と今になって考える。
なにしろ一、二回あっただけだし、少し話しただけだったから。
目の前でタンポポがゆれる。
ゆれる。ゆれる。
「そこにいるの?」
私がそう呟くと、後ろから返答があった。
「お姉ちゃん、こんにちは。いい天気だね」
二つにまとめた髪がさらりと揺れた。
「私、死んじゃったみたいなんだ」
少女は少し困ったような顔をする。
「……何か、やり忘れたことでもあった?」
「ううん、なにもないよ。あるなら、お姉ちゃんとあまり話せなかったことかな。私の最初にできた、友達だから」
少女は私の隣に座った。
「私が死んだ後、白い服を着た人たちがね、もうすぐお父さんとお母さんが迎えに来るからねって。だからきっと、あとちょっと」
名残惜しそうに少女は言った。
「ね、お姉ちゃん。もし私が生まれ変わったら、また遊ぼう?私、待ってるから」
「・・・うん。また、ね」
「お母さんとお父さんだ」
そのとき、私は始めてその子の涙を見た。
タンポポがゆれる。
気がつくと日が沈んでいた。
私は自転車をまたがり、家に帰る。
あれは、夢だったのか。
まだ暖かい春の夕方、空の上で三人親子が笑った気がした。
作品名:そして私達は夢の中で手を振った 作家名:紅葉(くれは)