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闇に咲く花~王を愛した少年~

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変身

 その日、〝月華楼〟の二階―一番奥まった座敷には初めて客を取る娼妓がいた。女将の自慢は〝月華楼〟の抱えるすべての娼妓が皆、いずれも眉目麗しいだけでなく、その美貌を裏打ちするような高い教養を備えていることである。
―頭が空っぽの女郎なんざァ、所詮は色を売るだけが生業の遊女。花が盛りの中は良いが、散ってしまえば見向きもされなくなる。
 それが、女将の口癖だった。そのために女将は己が妓楼の抱える娼妓たちに対しては常に一定の厳しい水準を設けている。
 そのため、〝月華楼〟に脚を運ぶのは概ね、両班(ヤンバン)と呼ばれる貴族階級の中でも承相クラスの身分の高い客が多い。月華楼を訪れる男たちは単に肉欲の交わりだけを求めているわけではなく、娼妓との気の利いたやりとりや落ち着いた廓の雰囲気を愉しむためでもあるのだ。
 その夜、初めて客を迎えた十五歳の娼妓は粒揃いの月華楼の中でもとりわけ美しく、賢いとの前評判が高かった。
 高々と結い上げたつややかな髪には眩(まばゆ)いばかりの幾つもの簪を飾り、いずれそう遠からぬ先に誰かに紐を解かれるであろうチョゴリは鮮やかな深紫の牡丹色だ。彼女の存在そのものがあたかも一輪の花のような風情を漂わせていたが、よくよく見れば、うっすらと化粧を施したその面は血の気も全く見られないほど蒼褪めている。
 同様に痛いほどに噛みしめた唇も紫色だ。彼女は今、今宵の客を待っているところであった。
 少女は小さな溜息を一つ、零す。もう、どれくらいの間、待たされたか判らない。彼女は初めて自分が迎える客が一体、何者なのかを知らない。ただ女将からは〝身分の高いお方だから、くれぐれも粗相のないように〟と厳重に念を押されているだけだ。
 かれこれ一刻余りも待たれされて、最初は抱(いだ)いていた恐怖もどこかに霧散してしまったようだ。娼妓にとっての初夜がどのようなものかについては、事前に女将から教え込まれていたけれど、やはり恐怖は拭えない。
 教えられたといっても、ごくおおまかなことを口頭で形式的に伝えられただけで、肝心のところは何も教えて貰えない。彼女のそういったことについての知識は、世間から隔絶されて大切に育てられた両班の令嬢にも等しいほど乏しかった。
 女郎としての務めは、自分が良い気持ちになるより、相手(客)を良い気持ちにして極楽に送ってやらなければならないのだという。まだ客と寝たことのない彼女にはあくまでも想像の中でのことにしかすぎないが、正直、知らずに済むものなら、それに越したことはない。
 初夜に必ず経験しなければならないという痛みもまた、彼女にとっては恐怖でしかなかった。
 物想いに耽っている彼女の前で、前触れもなく両開きの戸が開く。彼女はハッとして面を上げた。再び戸が音もなく閉まり、淡い闇の中に一人の男の姿がほの白く浮かび上がっていた。
 少女は唇をいっそう強く噛みしめる。あまりに強く噛みすぎたためか、口いっぱいに鉄錆びた味がひろがった。
 ややあって、男が少し離れた前方に座るのが気配で判った。
 不思議な男だった。燭台の灯りを極限まで落とした室内は薄い闇で満たされているというのに、男の身体からは圧倒的な存在感が放たれている。見たところ、男は長身ではなく、中肉中背で、体軀だけでいえば、町のどこにでも見かけるような男に見える。にも拘わらず、けして長身とはいえないその身体がやけに大きく感じられた。
 暗がりの中でも男が自分をじいっと見つめているのが判る。ふいに男が動いた。つと少女に近づいたかと思うと、いきなり彼女の纏っているチョゴリの紐を解いた。
 流石に少女は黒い瞳をまたたかせた。これでは女将の言っていたのとは随分と違う。まずは接吻の一つでもして、それから行為が始まるのだと、確か女将は話していなかったか。
 が、男は彼女の戸惑いなど全く意に介さぬように手慣れた様子でチョゴリを脱がせると、更に下着も取った。その下には胸に布を巻いただけの無防備な状態になる。男はその布をも器用にするすると解き、直に彼女は上半身、一糸纏わぬ姿を晒すことになった。
「片膝を立てろ」
 低い凄みのある声で命じられ、少女は言われるままに片膝を立てた。
 男が今度は勢いよくチマをめくり上げた。すべらかな白い太股の間に手のひらを差し入れると、ぐっと力を込めて開かせる。たとえほの暗い室内であろうとも、その秘められた奥の狭間は真正面にいる男からは丸見えになっているだろう。
 その事実に改めて思い至り、少女の白い面に朱が散った。
 その時、初めて客の口からホウという軽い息が洩れた。
「愕いた。こうして証をこの眼で見るまでは、私も到底、そなたが男であるとは信じられなかった」
 男が燭台に近寄り、焔を大きくした。
 灯火に照らし出された少女、いや少年の上半身には、その年頃の女人であれば当然あるはずの胸のふくらみは存在しなかった。
「月華楼が表向きは高級娼妓を抱かせる見世として営業しながら、その実、その娼妓たちが女と見紛うほどの美男だという噂が流れている。そのことをよく知っているはずの私でさえ、これまでこの廓の妓生(キーセン)を抱いたことはなかったから、信じられなかったが、どうやら、その噂は真のようだな」
 男は少年のつるりとした平らな胸を見て、言う。その口調には何の感慨もこもってはいなかった。
 そう、月華楼に住まう女たちは皆、見かけだけは女でも正体は正真正銘の男なのだ。売れっ妓(こ)として名を馳せる名月を初め、走り遣いの少女から果ては、あだな中年増の女将までもが実は男だと知れば、世の人は皆、腰を抜かさんばかりに仰天するだろう。
 月華楼には男のなりをした男は一人もいない。
 もっとも、都でひそかに流れているその噂を端から信ずる者など、いはしない。が、その手の噂というものは否定する者がいる一方で、真しやかに語られてゆくものだ。ゆえに、月華楼には時折、そんな噂を鵜呑みにした輩が下卑た好奇心だけで登楼することがある。女将は、そういった手合いは幾ら金を積まれても相手にしようとはせず、門前払いを喰らわせるのが常であった。
 女将は生まれこそ両班(ヤンバン)の家門ではあったものの、生母は側室どころか下女であったため、庶子としてすら父親に認知して貰えず、母親と共に幼い中(うち)に屋敷を追い出された。不遇な境涯に生い立ったからこそ、見世の娼妓たちの悲哀も理解できたし、娼妓を売り物としてしか見ない妓楼の主人が多い中では比較的良心的でもあり、情け深くもあった。
 元々、病気がちであった母と自分の糊口を凌ぐために、街頭で男の袖を引いたのが見世の始まりであった。少年であった女将は我が身をひさいで得たわずかばかりの金で母親と生活し、後に年寄りの裕福な商人の囲われ者となった。旦那の死後は、手切れ金代わりとしてその遺族から得た金を元手に見世を始めた。それが、月華楼の始まりである。
 平たくいえば、月華楼は男娼がひしめく色子宿なのだが、娼妓たちは皆、女のなりを装い、表向きは通常の妓楼と変わらぬ体で通っている。
 あられもない姿のまま、少年は男の強い視線に晒され続けている。