クラインガルテンに陽は落ちて
第2章 出会い
夫がサンフランシスコに単身赴任し始めて、そろそろ1年になろうとしている。子供もいなく身軽にもかかわらず、夫は妻である私について来いとは言わなかった。私も仕事を持っているので、ついて行けない良い言い訳になった。お互いに愛情が消えたわけではない。ただ私も夫も一人になる時間が欲しかったことも事実だ。夫は去年の年末に1度だけ日本に帰ってきた以外は、用事があるときにだけメールをくれる程度だ。私も特にそれで不満は無かった。
私は夫の単身赴任が始まるのとほぼ同時に、区が運営するクラインガルテンの募集に当選し、この4月で2年目を迎えることになった。昨年の9月に続き、来る3月の2度目の更新手続きを済ませたばかりだった。多忙な会社勤めの週末にこうして土と触れ合うことは、私にとって何よりの癒しの時間となった。
「今年の春は何を植えようかしら。昨年たくさん収穫したトマトは今年も植えてみよう。トマトは連作を嫌うので場所を変えないと。あとはジャガイモもやってみようかな」
あれこれ考えるのもまた楽しい。
私が住むところは、クラインガルテンを見下ろす高台にある、3LDKの分譲マンションだ。遮るものは何も無く、キッチンからは日の出から日の入りまでクラインガルテンの様子を見守ることが出来る。夫と二人のときはちょうど良い広さだったが、独りになってみると広くて殺風景に感じた。引越すのも面倒だし、ローン負担もそれほど大きくなかったのでそのまま居続けることにした。
3月に入り会社は年度末ということもあり、多忙を極めた。でもどんなに忙しくても週末は必ず農作業をする。むしろそうすることが私にとって次の日の糧となるのだ。独りなので買い物は平日の会社帰りに立ち寄るスーパーで充分足りた。
雨の日の週末はクラインガルテンを眺めながら音楽を聴いたり読書をしたりして過ごした。菜園を楽しむ者にとってたまの雨はありがたい。特に夏場は水遣りの負担がなくなり、身体も休めることが出来る。
最近はインターネットで園芸のサイトをサーフィンするのも楽しみの一つになってきた。ネット通販で可愛らしい麦藁帽子を見つけたので注文することにした。これから夏場に向けて帽子は必需品だ。
作品名:クラインガルテンに陽は落ちて 作家名:タマ与太郎