山頂
今日は5月と言うのに暑い。たぶん25度を超えているかもしれない。運動不足の上にこの暑さである。呼吸はハァハァとフルマラソンを走り終えたかのように荒い。
何度も登っていた山なのでもうあと5分もすれば山頂に着く事は解っていた。
それなのに足が前に進まない。
立ち止まり大きく息を吸った。青空のなかの小さな雲が、ぼくの方に吸い込まれて来るように、流れてくる。
もう一度もっと大きく息を吸ってみた。
青空の匂いがした。蒼い林檎の匂いかもしれない。
5月23日は想い出の日でもあった。
ぼくは君を誘い、この山に登った。そう、今日の様な良い日であった。
君は小さなリュックから青い林檎を出した。ナイフで皮を剥きはじめると、君の香りかと思う様なすがすがしい香りがした。
半分に切った林檎は、ぼくの体の一部になって今も残っているだろう。
美味かった。
初めてで最後ぼくと君は食べかけの林檎を交換した。
大きな白い雲がゆっくりと流れていた。
ぼくは君と大きな湖でボートに乗っているような気持ちになった。
高校を卒業したらそんなことが出来るかもしれない。そんな夢を見ていた。
それぞれの大学は違い、それぞれの道を選んだ。
たったリンゴを交換しただけなのに、どんな彼女との記憶よりも鮮明に覚えているし、大切にしたいと思っている。
登山姿の女性を見ると、ふと思い出してしまう。
君に会うことなどないかもしれないが、この山に登ってくればいつでも君に逢える。
もうすぐ山頂だ。