ヘビースモーカー
そう言いながらも彼は潰れた箱から新しい煙草を取り出した。
彼が本気で止めようとは思ってないのは分かっていた。
また禁煙に失敗したのかと呆れてみせたら
あっさりと、もともと本気じゃなかったんだと返された。
「でも、もう俺の弱い意思じゃ止まらないんですって」
ニコチンの威力は恐ろしいから、なんて冗談気味に笑っている。
何も相槌を打たなかったから彼はそのまま言葉を続けた。
「こんな嗜好品、無ければ無いで死ぬことは無いんだから」
「むしろ命を蝕まれてる」
「まぁね、でも」
目を合わせて笑う。彼はいつも笑った時、眼が少し細くなる。
昔から変わらない笑い顔を眺めていると、また彼が口を開いた。
「お前だって分かってるんだろ」
「分かるってニコチンの脅威?…あいにく煙草を吸わない身ですので」
俺が煙草嫌いであることを知っているはずなのに、
なぜそんな事を言われるのか分からなかった。
「別に煙草に限った訳じゃないさ」
そう言ったと思うといきなり顔を近づけられ、気が付いたら唇を奪われた。
そのまま抱きしめられる。煙草は彼の指と指の間に挟まれ、灰色の煙を立ち昇らせていた。
しばらくキスを続けた後で、ゆっくりと唇を離される。
「似てるよ、俺もお前も」
言葉がようやく意味が理解できた。
彼の顔を見れば口には出さなくとも、俺のことを鈍感だと言っているのが分かる。
俺はわざとらしくため息をつく。
「ダメ男だって分かってるのになぁ…」
その点、愛煙家とさほど変わらないのかもしれない。
「目の前でダメ男って、お前も言うよな」
彼はあまりショックを受けた様子もなく、笑いながら呆れている。
「でもま、命だけは取らないから安心してよ」
「ん…あぁ」
思いのほか返事を曖昧にしてしまったのは、彼の表情が軟らかかったせいだけではない。
前に一度、この腕の中だったら命を絶たれても良いと感じたことを思い出したから。
それは実は今でも変わり無いのだが、欲望と死を結びつける自分の安直さは
道徳心に背く気がして、口に出して言うのははばかれた。
おそらく今後も、彼に話すことはないだろう。
「ひとつだけ訂正させてよ」
抱き締められたまま顔を合わせる。
何?と言いたげな表情で俺を見つめた。
「俺の方は、ただの嗜好品じゃないんだ」
顔を重ねて唇を奪う。さっきの仕返しも込めて。
短めのキスを終わらせて再び目が合った。
「どうでしょう」
何が知りたい訳でもなく訊ねてみる。
どうせ答えは見つかっているのだから。
案の定、「上等」とだけ呟いて、子供のような笑顔を浮かべてくれた。