魔法の使えない魔法使い
緑の牧場に、白い羊や牛を飼っている、小さな村でした。
小さな村には、一人の魔法使いが住んでいました。
けれどその魔法使いは、魔法の使えない魔法使いでした。
魔法使いは、毎日たくさん魔法の練習をしました。
庭のお花に、ダンスを躍らせる魔法をかけてみました。
池の金魚に、お喋りさせる魔法をかけてみました。
けれどもちっとも魔法は成功しません。
庭のお花は少し風に揺れただけ。
池の金魚はぷかりと小さな泡を口から出しただけでした。
魔法使いはよく村の人たちに言いました。
「わたしは、他の村にいる魔法使いのように、雨を自由に降らせることも、空を飛ぶことも出来ません。
羊とお喋りすることすら出来ないのです。わたしは、落ちこぼれです。」
そうして魔法使いが泣きそうな顔をするたびに、村の人たちは、いいんだよ、と笑って魔法使いの肩を叩きました。
村の人たちは、魔法使いが魔法をつかえないことを知っていましたが、よく悩み事を相談しに行きました。
ある日、羊飼いのおかみさんが、魔法使いの家にやってきました。
「刈り取った羊の毛を使って、明日の市場のためにセーターを10枚編まなくちゃいけないんだけど、娘が風邪を引いてしまったから、間に合いそうにないのよ。どうしたらいいかしら。」
ふう、と大きなため息をつくおかみさんを見て、魔法使いは悲しくなりました。
綺麗なセーターをいっぺんにたくさん作れる魔法が使えたらいいのですが、魔法使いはそんな呪文を知りません。
魔法使いは、魔法の使えない魔法使いなのです。
そこで魔法使いは、羊飼いのおかみさんの家に一緒に行き、セーター作りのお手伝いをしました。
魔法使いはセーター作りに慣れていないので、おかみさんが三枚仕上げる間に、たった一枚しか編む事が出来ません。
けれど、心を込めて一生懸命に作ったので、編み目のきっちりと詰まった、暖かなセーターになりました。
魔法使いが頑張ってお手伝いしたおかげで、雄鶏が朝一番を知らせる前に、11枚のセーターが完成しました。
「ありがとう。あなたのおかげよ。」
おかみさんはそう言って、魔法使いに一番きれいに仕上がったセーターと、羊のミルクで作ったキャンディをくれました。
もっとすごい魔法使いなら、もっと役に立てたのにな、と魔法使いは少し思いましたが、嬉しそうなおかみさんの顔を見て、なんだか暖かい気持ちになりました。
またある日、牛飼いのおじさんが、魔法使いの所へやってきました。
「牧場の隅に、大きな岩があるんだ。邪魔だからどかしたいんだが、どうしたらいいかなあ。」
困った顔で腕を組むおじさんを見て、魔法使いはまた、悲しい気持ちになりました。
たとえそれが山のように大きな岩だったとしても、他の魔法使いなら、簡単な呪文ですぐにどかしてしまうでしょう。
けれど、魔法使いは小さな小石すら魔法で動かせた事がないのです。
そこで魔法使いは、魔法の代わりに、長くて丈夫なロープをたくさん作り、それから村の人たちにお手伝いをお願いしました。
村の人たちは皆、魔法使いの頼みと分かると、自分の仕事を途中でお休みしてやって来ました。
魔法使いは、集まった村の人たちと一緒に、見上げるほどの大きな岩に上手にロープを括り付けました。
そしてすっかり準備が出来ると、集まった村の人たちは、それぞれしっかりとロープを持ちました。
「いちにの、さん!」
魔法使いの掛け声で、ぐい、とロープが引っ張られました。
すると。
ごごおう、ごごおう、と大きな音がして、少しずつ、大きな岩が動き始めました。
魔法使いは自分もロープを一生懸命に引っ張りながら、大きな声で掛け声を掛け続けました。
ごごおう、ごごおう、と、大きな岩は村の人たちに引っ張られ、移動していきました。
魔法使いと村の人たちが頑張ったお陰で、大きな岩はすっかり牧場からどきました。
大きな岩は、魔法使いの家の隣の空き地に飾られました。
それを見た大工仕事の得意な男が、記念にと大きな岩の横に看板を立てました。
『魔法使いの動かした岩』
看板にそう書かれているのを見て、魔法使いは申し訳ない気持ちになりました。
なぜならば、本当に岩を動かしたのは、魔法使いではなくて村の人皆の力だからです。
ちゃんとしたすごい魔法使いなら、本当に一人で動かせたのにな、と魔法使いは思いましたが、ありがとう、と言ってくれた牛飼いのおじさんの顔や、おめでとう、と言ってくれた村の人たちの顔を思い出して、何だかくすぐったい気持ちになりました。
それからたくさんの時間が過ぎ、たくさんの人が魔法使いの所へやって来ましたが、魔法使いは魔法の使えない魔法使いのままでした。
相変わらず、庭のお花はダンスを踊ってくれません。
相変わらず、金魚はお喋りしてくれません。
どんなにたくさん魔法の練習をしても、空を飛ぶことも、小さな石を動かすことも出来ませんでした。
だから、魔法使いはよく村の人たちに言いました。
「私は、よその村にいるすごい魔法使いのように、ちっとも皆さんの役に立つ魔法が使えません。
たくさん練習をしても、ちっとも上手にならないんです。私は駄目な魔法使いです。」
そうして魔法使いが泣きそうな顔をするたびに、村の人たちは、いいんだよ、と笑顔で魔法使いの肩を叩きました。
魔法使いは、そんなやさしい村の人たちのことが、大好きでした。
けれど実の所、村の人たちは、魔法使いが魔法を使えない事など、ちっとも気にしていませんでした。
なぜなら、魔法使いは、確かに、魔法使いだったからです。
この小さな村に住む魔法使いは、魔法でお花にダンスを躍らせる事は出来ません。
金魚にお喋りさせることも出来ませんし、小さな石を呪文で動かすことも出来ません。
けれど、魔法使いには、たった一つだけ、使える魔法があったのです。
それを知っていたから、村の人たちは、魔法使いのことが大好きでした。
あるところに、小さな村がありました。
緑の牧場に、白い羊や牛を飼っている、小さな村でした。
その村は本当にとても小さな村でしたが、とても幸せな村でした。
小さな村には、一人の魔法使いが住んでいました。
その魔法使いは、魔法の使えない魔法使いでした。
けれど、その魔法使いには、たった一つだけ、使える魔法があったのです。
それは、みんなを笑顔にする魔法。
世界で一番、素敵な魔法です。
fin
作品名:魔法の使えない魔法使い 作家名:雪崩