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第三次ウィーン包囲(過去作)

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「私はこの国に忠誠を誓います。私はこの国のためなら命を捧げてもかまいません」
 そう言った女性は人間離れした容姿をしていた。
 髪はオーストリアの国章の鷲の如く黒く、耳は少しとがり、瞳は青みがかったエメラルド色。彼女を知らぬものが見たらエルフだ、と言うだろう。
「いいかね、この戦いにはリスクが伴う。時には恥を捨てても戦わなければならない」
 男性は答う。しかし女性はきっぱりとかまわないと言う。その言葉に迷いは微塵も感じられなかった。
「テレジア、私は君をオーストリアの騎士として任命する」
 男性は剣の平でテレジアと呼ばれた女性の肩をたたいた。

 オーストリアではかつてない危機に襲われていた。それはヨーロッパ全土においても同じだった。
 地球外生命体が上陸したのだ。それまでSFの世界だったものが、現実の事態となった。
 すぐさまNASAなどの機関が調査を開始し、ヨーロッパ全土に大量の観光客が訪れた。
 調査の結果その生命体の知能は高くないが、海にいる魚介類を食べ荒らし食糧危機に陥らせるだろうということが判明した。
 その生命体は巨大なイソギンチャクに似ていて触手で人間や動物に危害を加え、家畜を食べ荒らすこともある。
 幸い人間は食べないが、触手に付着している粘液が大量につくと痺れをもたらす。
 また老若男女を問わず身体をまさぐる特性があるので特に女性にとっては脅威であった。
 ヨーロッパの国々は軍隊を派遣して対抗したが、あまりにも日常に密着した場所に出没するために普通の軍人だけでは駆除が困難であった。
 そのためヨーロッパの国々は黒死病以来の危機だ、と叫び始めていた。
 それを見たオーストリアの貴族たち(現在オーストリアではvonの称号を名乗ることは禁じられているが、ここでは貴族の血をひくものと定義する)は独自に義勇兵を作った。
 この国を滅ぼすわけには、このオーストリアという国を滅ぼすわけにはいかない。
 彼らはその思いに燃え上がり地球外生命体と戦うことにした。
 その中に男爵家の血をひく令嬢のテレジア・アントニア・(フォン・)ウェーバーもいた。

 シェーンブルン宮殿の庭園にハプスブルク家の紋章が刻まれた冑と美しい胸甲を身につけたテレジアがいた。
 手にはハルバードが握られ、美しい黒髪は吹いてきた風によって靡いている。
 彼女は威圧するようにグロテスクなピンク色の触手をにらみつける。
「この国を滅ぼさせはしない」
 テレジアはイソギンチャクの胴体部分にハルバードを突きつける。ずぶっという音がした後赤い酸っぱい匂いがする液体が大量に飛び散る。
 近づいてきた触手をよけ、まるで野菜を切るかのように次々と切り刻んでいく。
 鎧は赤く汚れるが気にせずテレジアはハルバートを振り回す。

 触手がテレジアを追いつめ、テレジアが逃げ、切り刻むというローテーションが繰り返されていた。
 足に絡み付いてきた触手はハルバードとは別に装備していた短剣で切り刻み、腕に絡みついた触手は渾身の力で噛み切った。
 一本の太い触手がテレジアを背面から叩きつけるがハルバードを軸にして何とか立ち上がる。
 しかし長く戦い続けたこともあり、劣勢になっていたことも確かで口の中に入ってこようとする触手を切り刻むことはできなかった。
「ふ、ふぐっ」
 噛み切ろうとしても太すぎてそうすることができない。第一、硬さがこれまでの触手とは比べ物にならなかった。
 エルフのような端正な顔が苦痛で歪む。
 粘液が口の粘膜から体内に吸収され、テレジアは痺れを覚え、同時に頭がぼうっとしてきた。
 ハルバートで何とか叩き切ったが、彼女の瞳からは光が消えかけていた。
 持参していた水で口内を洗浄し、体勢を整え直そうとするが身体が熱くなり思ったように動けない。
「シェーンブルン宮殿を汚すなんて、私が、私が許しませんわ!」
 全速力で走りハルバードを胴体部分に差し込んだ。
「もうすぐ楽にして、あげる……っ、ん」
 力が出ず、ハルバードを胴体から抜こうとしても抜くことができない。粘液の毒は既にテレジアの全身に回っていた。
 テレジアは両手を拘束され、背面から倒される。
「ちょっと、何をするのというの!」
 しかしその生命体に言葉は通じず、彼らにはそもそも言葉らしきものを発する能力はない。
 細長い触手が何本か端正な顔に近づき、ナメクジのようにうごめき始める。
「気持ち悪い……やめなさい」
 テレジアは両手を拘束している触手を歯で噛み切ろうとするが、触手の拘束力は予想以上に強く上半身の動きはほぼ奪われていた。
 太めの触手が左腿に絡みつき、動き始める。
「無駄よ。貞操帯をつけているもの」
 万が一のこともあり、テレジアはイソギンチャクと戦うときには必ず貞操帯をつけていた。そのため、ニュース番組で放送できないような状態は避けることが一応できる。
「胸も鎧で覆われているわ。無駄よ」
 その種の恥辱を避けることができても、今のテレジアは助けがくるまでどうにもならない状況だ。
 この状態で発見されるのはある意味別の種の恥辱を味わうことになる。
 彼女の目の前に再び別の太い触手が現れる。それはテレジアの口元をキスをするように何回も軽く叩いた。
 テレジアは口をあけまいと努力をしたが、ぽつぽつと雨が降ってきたことに気づき口をあけてしまった。
 触手はテレジアの口内に侵入し、雨音はだんだんと強くなり彼女を濡らし始めた。
「ん、ん!」
 美しい甲冑をまとって地球外生命体に挑んだ戦乙女はいまや触手に拘束され、口内まで弄られている。
 彼女にはかつての威勢はもうなかった。
 無数の触手がテレジアの身体の上を蠢いている。
 (こんな奴にオーストリアを滅ぼされたくない。千年以上の歴史と伝統を持つこの国を、つい最近現れた訳の分からない奴に滅ぼされたくない。もしこの国を築きあげた君主方、あなた方が天国から私を見ていくださるなら、どうか私に力を貸してください)
 テレジアは祈っていた。神に、そしてこの国を築き上げてきた君主たちに。
 突如黒い影が現れた。
 (あれは何かしら)
 カア、カアという声が聞こえた。カラスの大群だった。
 カラスの大群は触手をつつき始めた。赤い液体が飛び散るが、カラスたちは気にせずつつき続ける。
 次々と触手は引っ込んでいく。原因はまだ不明だが、地球外生命体はカラスに弱いということが分かっている。
 腕の拘束がはずれ、テレジアは口に侵入していた触手を引き抜いたあと地面に叩きつけ、それを思い切り踏みつけた。
「あなたたち、助けてくれたの?」
 カラスたちはイソギンチャクの胴体にまとわりついてつつき始める。ハルバードは刺さったままで、いつの間にかそれがイソギンチャクを弱体化させていた。
 テレジアが刺さっていたハルバードを力の限り引き抜くと、イソギンチャクの胴体から大量の赤い液体が流れやがて破裂し、生命活動を停止した。
 カラスたちはなおもイソギンチャクの残骸をつつき続ける。
「大丈夫か、テレジア。女性がイソギンチャクに拘束されていると聞いたから」
 駆けつけてきたのは、テレジアの騎士(義勇兵)叙任をしたフランツだった。