石
青年は急いで石を探したが、どこにも見当たらなかった。人がつまづくような大きさの石はもちろん、小さな砂利さえもないぐらいである。
「おかしいなぁ」青年は呆然として悩んでしまったが、ふと見上げると、古い石垣のような塀がある。
「そうか、この石垣の石に違いない。この中のどれかが崩れ落ちたんだ!」
青年はそう気づくと石垣に近づき、今にも崩れ落ちそうな石はないか探してみたが、いかんせん石は無数にある。
「一体どれなんだ!わからない!」時間がどんどん過ぎて行き、青年はあせった。
時間はついに二分を切った。
「もう駄目だ。」青年はすべてを投げ出してしまいたくなった。
だがその時、青年の頭にある事が閃いた。
「そうか、石が落ちないようにすればいいんだ。」
青年は公園の片隅に緑色の大きなネットが放置されているのを思い出したのだ。そのネットでこの石垣をガードすれば石は落ちないで済む。
青年は走った。もう時間がない。緑色のネットをつかむと、一目散に石垣へと引き返した。
とにかく石垣全体をこのネットで覆うのである。ネットを石垣のてっぺんめがけて空高く放り上げた。
だがネットの取り扱いに特別に長けているわけでもない。ネットは思惑をはずれ、まず木の枝に引っかかった。
「くそっ、なかなかとれないぞ。」だが青年はここ一番で慎重であった。
時間はあと三十秒になっていた。
ネットが絡まないように丁寧にはがすと今度は正確に石垣の上に投げかけた。
急いで、かつ慎重に石垣全体をネットで覆い、ネットの端っこ同士を結び合わせて固定しなくてはならない。
青年は残された僅かな時間と全力で戦っていた。一秒一秒をかみ締めながら丁寧に確実に作業を行っていった。
今までにこんなに一瞬一瞬を大事に過ごした事があっただろうか。
青年の耳に遠くから「コツコツ」という女性のハイヒールの音が聞こえて来た。そしてさらにその奥から車が走って来る音が迫っていた。
時間はあと数秒だろうか。
「よしっ、出来た!」青年が最後の角を結び終わった時、
女性のハイヒールの音とタクシーのエンジン音、そして石垣から石が崩れ落ちる音がシンクロして同時に鳴った。
その瞬間、青年はまた元の時間に戻された。
つまずいて道路に倒れこむと、タクシーが十メートルぐらい先を走っていくのが見えた。
「やった!助かったんだぁ!」青年は大きな声で叫んだ。そして人目をはばからず両手を挙げて歓喜のあまり飛び跳ねた。
街中のすべての人に抱きついて感謝の気持ちを表したいぐらいだった。
「俺は助かったぞー!」そう叫ぶ青年の目に、新たな物体が飛び込んできた。
工事中の隣のビルの鉄製の建築資材である。強固な鉄資材はたちまちのうちに青年の体を押しつぶし、ぺしゃんこにした。
再び死んだ青年の前に老人が現れ、こう言った。
「お前は本当に良くやった。お前の人生を自分の力で引き戻した。だがお前は本来この理由で死ぬ運命だったのだ。」
青年はその声を聞きながら意識が次第に遠くなっていくのを感じていた。