虹のささやき
ぽろり、ぽろり、終わりなく零れて落ちてくる生きた水。これは私の命なのだろうか。それとも死んだ命なのだろうか。
私は自分の手を見つめる。とても小さくて柔らかそうな手のひら。それはまるで無垢を象徴しているようで、私は微かな吐き気を覚えた。私の体は小さくて、幼い。
無垢などというのは愚かさの光のことではないのだろうか。私は自分の意味のない思考の海から抜け出せない。
これは夢だろうか。
どこまでも続く草っぱら。私は自分の小さい背丈よりも高いような草の中で、土の匂いに埋もれながら座り込んでいた。短い小さな手足は泥だらけだ。そう、その姿はまるで子供。
真白い空。
眩しい太陽。
光があまりに強くて私は目を開けていられなくなる。
そのときどこからか音がした。どくりと鼓動が鳴る。
「――ちゃん」
誰かが私を呼ぶ。私の名は思い出せない。
私は閉じた瞳を開いて、暗闇の世界から日の幻想へと戻る。
「――ちゃん、遊ぼう」
そう言って一人の少女が近づいてきた。白いワンピースをはためかせて駆けてくる。そうして私のそばにしゃがみこみ、私の顔を覗き込んだ。その二つの黒い瞳は底しれない闇のようで、深い恐怖と安らぎをもたらす。
その子はそっと私の頬に両手を添えた。
「ふふふ、泣いてる。ねえ、なんで泣いてるの」
うふふふ、ふふ。何がおかしいのかその子は私の涙に触れて笑い声を繰り返した。私は鳥のさえずりのように意味のない音だと感じていた。
「ねえ、遊ぼう。それで、アイスクリームたべようよ」
その子はそう言って麦わら帽子の下で愛らしい笑顔を見せた。
はじける。
ああ、眩しい。眩しい。まるで虹のようだ。儚い幻の夢。つかもうとして届かない、嘘の世界。綺麗綺麗、心まで奪われた七色に染められて動けない。
涙が作り出すのはおそろしいほど美しい虹だろうか。
この子供の言葉は甘い囁き。私を縛って、どこへも行かせない。
その子供は私に近づいて、頬の涙をぺろりと舐めた。赤い舌はきっと生きているのだろう。私はぼんやりとした頭でその色彩を思い描いた。赤は幻のような人の色だ。私は赤い色になりたいけれど、涙は虹の色。透明で残酷な色。
私は彼女の目を見つめた。深く、強く。
「アイスクリームたべたい」
そして、私は言葉を紡いだ。私は喉が渇いていた。どうしようもなく、乾いていた。心が渇いていた。
潤してくれる水はきっと涙なんかじゃない。甘い甘い子供のためのアイスクリーム。
その子供はにっこりと笑う。そして、白い手を伸ばした。
私はゆっくりとその手を取った。そっと、触れる。
小さな手、ふたつ。
ひとつになる。
夢はいつになったら覚めるんだろう。
きっと永遠に覚めない。
私の心は子供のまま。
甘いアイスクリームの夢に閉じ込められている。
虹のささやきに酔いながら。
ふたり。
涙を飲み込んだ。