宝石師
宝石師は今日も畑の石に水をやる。師の宝石はいつも透明でぴかぴかしている、そう言って村の人が楽しそうにするのが好きだから丁寧にやる。時期を計って肥料を与え、嵐がくればビニルをかぶせて守る。カナタは腕のいい宝石師だった。
カナタの育てた石は、大きくなるとたいてい巣立ってゆく。どこかの奥方の胸を飾るブローチになることもあるし、貧しい新郎が新婦のために作る指輪にくっついてゆくこともある。カナタが唯一手元に残しておくのは、ひと鉢のダイヤモンドだけだ。この子は特別、カナタはにこにこする。畑から焼き鉢に植え替えて、日当たりのいい窓際に置いて見守っている。
「ずるいわカナタ、あたしその子にいじわるしちゃうわ」
「だめだよラピスラズリ、そんなことさせやしないからね」
「俺たちのこと嫌いなの? おんなじに大事にしてはくれないの」
「違うよサファイア、お前たちのことも大事だけれど、大事にも色々あるってことさ」
「だけどカナタ。その子は全然、ダイヤモンドなんかじゃないかもしれないよ」
「そうよカナタ」
悲しそうに言ったのはダイヤモンドその人だった。
「私がほんとうにダイヤモンドなら、高価だわ。カナタ誇れるわ。だけど私にだって、私がほんとうにダイヤモンドかはわからないの」
透明なだけの硝子玉、誰かが拗ねたように言った。その言葉はざわざわと広がった。硝子玉、硝子玉。
「およし」
カナタはしょげた様子のダイヤモンドを、撫でた。オパールやアメジストや他のみんなにも、なるたけ静かに笑ってやった。
「高価とか意義とかじゃあ、ないんだよ。お前が硝子でもなんでも関係ないんだよ」
カナタにも腕の未熟さゆえに上手に石が育てられないころがあった。どう手をかけてやればいいのか、気難しい石たちはひたすらだんまりだ。カナタは途方にくれていた。
「そんなときに、カナタ、カナタ、と呼んでくれたのがお前だったよ」
まだ芽も満足に出ていないダイヤモンドは、カナタのために一生懸命囁いてくれた。私たちがいま欲しいものはね、カナタ。ひとつひとつしてくれたら私たち間違えないからね、カナタ。大丈夫よ。できる。
カナタはその声に応えようと必死で働いた。ある日小さな、涙のような石が畑できらきらしていたとき、カナタは腰を抜かしそうになった。カナタの大きな前進が、健気に輝いていたのだから。
「お前のそのまんまの姿が僕にはどうしようもなく大切だよ」
他の石たちは静かになった。カナタとダイヤモンドは額を合わせてお互いをじっと見た。小さな家に木魂が満ちる。ありがとう、ありがとう、ありがとう。