小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

The El Andile Vision 第4章 Ep. 7

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 ティランが目を剥いた。
「……や、やめろ――っ!」
 ティランは必死にイサスへ向かって体を動かそうとした。
 その彼の上でイサスの刃が軽く舞ったかと思うと、肩口を切られた彼は鈍い痛みと共に再び崩折れた。
「イサ……ッ!」
 レトウが息を呑んだ。
 彼の動きもイサスの次の行動を止めるには間に合わなかった。
 ターナは目の前に立ちはだかる暗い瞳の少年の姿に、一瞬立ちすくんだ。
 その瞳の中に宿る明らかな殺意。
 人のものではない、魔性の輝き。
「イサ……」
 彼女が口を開けると同時に、目の前を白刃が舞った。
 鋭い刃が、彼女の肩から全身を斜めに切り裂いた。
 ターナは突然の衝撃と痛みに悲鳴を上げながら、彼の足元へ倒れていった。
「ターナあああ――!」
 背後からティランが気が触れたような叫びを上げた。
「ターナ――!」
 輪の外から蒼白と化したテリーが駆け寄ろうとした。それを後ろから、サウロが強い力で引き止めた。
「何するのよ、父さん!放してよ」
「行くんじゃねえ!おまえも殺されてえのか?」
「だってあの子が……ターナが……!」
 サウロの目がテリーを厳しく見据えた。
 テリーは、自分を掴む父親の手も、微かに震えていることに気付いた。
「わからねえのか!……イサスは……今のあいつは、正気じゃねえ。誰にも止められねえんだ。今行けば、おまえも一刀で殺されちまうぞ!」
 サウロの激しい勢いに呑まれて、テリーは止む無く足を止めた。
 しかし、彼女の目は涙でいっぱいに潤んでいた。
 そして娘を押し止めながらも、サウロ自身、やはり動揺は隠しきれなかった。
 さすがの偉丈夫な彼も今やその顔はあまりの凄惨な光景を前にして、すっかり青ざめていた。
(……イサス……頼む。――頼む……正気に戻ってくれ……!)
 彼はただ弱々しく、心の内で必死にそう呼びかけるしかなかった。
 しかし、イサスは憑かれたように、倒れたターナにさらに剣を向けていた。
(この女に……止めを刺せ!)
 さらにどこからか、声が囁く。
 抗しきれないその妖しい囁き。
 イサスは夢を見ているかのように、ただ言われるがままに屈み込むと、血だらけの少女を掴んで引き上げた。
 少女の瞳がうっすらと開いて、彼を見つめた。
(……わたしを、殺すのね。やっぱり……)
 目が合った瞬間、イサスの頭の中でこの少女との記憶が呼び覚まされたかのようだった。
 彼は、目を瞠った。
 ――俺は……何を、した……?
 彼はその瞬間、自分が何者で、今何をしているのか、全てがわからなくなった。
 依然として、全てが混沌とした闇の中にある。
 そして、彼はどうしても、そこから抜け出せない。
 彼は呻いた。
 なおもそこから這い上がろうと、虚しいあがきを試みる。
 しかし、彼の心の闇の中から冷たい手がしっかりと彼を掴んで放さないのだった。
 最後の抵抗もあえなく潰え……
 一瞬の思いが、儚く消えた。
 彼の瞳は完全なる暗黒の中に閉ざされた。
「……おまえを……殺す――!」
 彼はただ一言、冷たく言い放った。
 彼女は、弱々しく頷いた。
 全てを悟ったような瞳が儚げに揺れる。
「……いいよ、殺して……あんたになら……殺されたって……」
(あんたになら、殺されたって……構わない……)
 ターナは声にならない声でそっと呟いた。
 彼に向かって言っているのか、それとも自分自身に向かっての言葉だったのか。
 薄れゆく意識の片隅で、彼女はただ、呟き続けた。
(好きよ……イサス……)
(あんたが……好き……)
 刃が、彼女の心臓を正確に貫いたとき、まだ彼女の唇はその言葉を形作っていた。
 ――好き……
 瞳が完全に閉ざされ、ターナの意識は深く暗い闇に呑まれていった。
 二度と戻ってはこれない、永遠の闇の深淵の中に……。
 イサスは彼女の胸から剣を引き抜き、さらにその刃を突き入れようとする。
「……やめろ――っ!」
 横からレトウが体ごと突っ込んできて、ターナの動かぬ体から彼を引き離した。
「わからねえのか?もう、死んでるんだ!……死んでるんだよお!何で、わかんねえんだ、おまえ……!」
 レトウの目には、いつの間にか涙が溢れんばかりになっていた。
「……どうしちまったんだよ、イサ!おまえ、何で……何で、こんなこと……!何で……何でなんだよ――!答えろよ!ほんとのイサはどこにいっちまったんだよ。なあ、答えてくれよ、イサ……!」
 彼は悔しさと悲しさと、憤りでいっぱいになって、イサスにすがりつきながら、虚しく叫び続けた。
 しかし、イサスはそんなレトウに冷たい視線を注ぐと、剣で一気に振り放した。
 レトウは僅かに切られた腕を押さえながら、横転すると、素早く身を起こした。
「――おまえ……!」
 レトウは喉の奥から絞り出すように、叫んだ。
「……おまえ、やっぱり――イサスじゃねえな……!」
 レトウは、目の前に立ちはだかる相手を、鋭く睨めつけた。
「畜生……誰だ。てめえ、誰なんだよ……!」
 イサスは、ふっと笑った。
 それは、彼らしからぬ――妙に老成した笑いだった。
「……俺は、イサス・ライヴァーだ。――『エランディル』の選びし者。『契約者』であり、やがてはこの世を統べるべき者。誰にも邪魔はさせない……邪魔をする者は全て俺の敵だ。だから、今ここにいるおまえたちは全て……殺す!」
 邪気に満ちた笑いが、静かな空気を冷やかに震わせていった。

                                            (...To be continued)