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檀上 香代子
檀上 香代子
novelistID. 31673
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旅立ち

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旅 立 ち      
                          檀上香代子

   美子   八十歳  未亡人
   美奈子  四十二歳 美子の娘
   秀夫   五十歳  美奈子の夫会社員
   秀一   十一歳  美奈子夫婦の子供
   医師   五十歳  内科医
   奈津夫  八十歳  美子の夫の霊
   ミイ        十一歳のネコ



   縁側のある居間。小さな仏壇に、奈津夫の遺影が飾ってある。 
   自動車の止まる音。

美奈子の声 じゃ、秀一を塾に送ってから、迎えに来てね。
   

   美奈子の声とダブるように、部屋のふすまが開き、美子が入って
   くる。

美  子  ミイちゃん、ミイちゃん、やっぱり帰っていない。
   

   美奈子が入ってくる。

美奈子   一日や二日、帰ってこないからって、心配しすぎよ。

美  子  だって、こんな事‐‐‐‐。

美奈子   大丈夫よ。そのうち、ひょっこり帰って来るわ。

美  子  今日で、丸まる二日よ。

美奈子   心配性ねえ。一周忌の墓参りで、疲れてるでしょう、

お茶入れるわね。
  
   美奈子、台所へ立っていく。

美  子  (仏壇に)あなた、みいちゃん何処へ行ったのかしら。

今まで一度もなかったわよね。
  

   美奈子、お茶を入れて入ってくる。

美奈子   まだ、しんぱいしてるの。(お茶を)はい。

美  子  ねえ、外で事故でも‐‐‐‐‐‐。

美奈子   疲れてるから、そんな事を考えちゃうのよ。大丈夫、

帰ってくるって。

美  子  それなら良いんだけど。

美奈子   そういえば、何年だっけ、ミイが家に来て。

美  子  十一年よ。貴女がお嫁に行って、三年目の雨の日に、

      お父さんが拾ってきたの。

美奈子   よく憶えているのね。

美  子  あなた達が転勤したでしょ。

美奈子   そうか。

美  子  淋しかったのよ、私達。

美奈子   仕方ないわよ。

  ネコの鳴き声が聞える。

美  子  ミイちゃんだ! ミイちゃんの声よ。

美奈子   それ、御覧なさい。しんぱいすることなかったしょう。

  二人、猫の泣き声のする縁側へ

美  子  ミイちゃん、どこ?

  猫の鳴き声。

美  子  ねえ。どこなの?

美奈子   (縁側から降りて)縁の下よ。ほら、ミイおいで。

  ネコの鳴き声

美  子  (美奈子の横で)ミイちゃん、ミイちゃん、出ておいで。

おかあさんよ、おいでミイちゃん!

  ネコ元気のない足取りで出てきて、美子を見上げる。

美  子  どうしたの?(だきあげる)どこにいってたの? 本当に

      心配していたんだから、お母さん。

美奈子   良かった。

  外で、自動車のクラックションがなる。

美  子  かえるの?

美奈子   うん。

美  子  泊まれないの?

美奈子   (帰り仕度しながら)明日の朝、秀一が朝練なの。秀夫は

      出張で朝早いから。

美  子  そう。

美奈子   明日、家政婦さんに早目にって、いってるから大丈夫ね。

美  子  そうね。ミイちゃん、また、二人だね。

美奈子   ごめんね。

美  子  いいの。大丈夫。

美奈子   ジャ、(送ろうとする美子に)いいわ。送らなくて。

  急いで出て行く。 自動車の走り去る音。猫の弱い鳴き声。

美  子  疲れたのね、ミイちゃんも。食べる物持ってくるね、

      お腹空いたでしょう。お父さんの座布団で休んでいて。

  美子、仏壇の前の座布団に猫を下ろし台所に去る。ネコ、ゆっくり
  と首を倒し両手足を伸ばして動かなくなる。手に食事皿を持って、
  美子入ってくる。

美  子  あら、眠ちゃったの。(ネコの側に行き、異変に気付く)

      ミイちゃん、ミイちゃんどうしたの。(抱きかかえる、

      ネコグニャリとなる。)い、いや、いやよ、しっかりして、

      (ほとんど泣き声)おきて! ミイちゃん、ミイちゃん、

      独りぼっちにしないで、ミイちゃん!

  泣きじゃくる美子、仏壇から奈津夫の霊が、いとしそうに美子を
  見ている。



  一年後の夜。救急車のサイレンの音。

  病院の一室。ベットに横たわる美子。医師と美奈子、秀夫と秀一が
  見守る。医師、手で外へ  と促す。皆、病室の外へ。

美奈子   (小声で)秀一、塾でしょ。

秀  一  でも、おばあちゃんが‐‐‐‐

秀  夫  お前が居ても、何も出来ないだろう。

秀  一  でも。

秀  夫  勉強を頑張って、合格することが、おばあちゃんが喜ぶこと

なんだ。

秀  一  わかったよ。行くよ。

  秀一、外へ出て行く。

医  師  おかあさんは、腸からの出血が、ひどくて止まらない。三十

      年前の癌の放射線治療で、腸壁がボロボロなんですよ。

      肺にも水が溜ってきています。

秀  夫  というと。

医  師  覚悟を決めて置いてください。

美奈子   ダメなんですか?

医  師  もって数日だと。

  美奈子、秀夫の肩に顔を伏せる。
  病室、枕元に、ミイを抱いた奈津夫の霊

奈津夫   美子、美子、迎えに来たよ。

美  子  (ゆっくり身を起こし)あなた!

奈津夫   この一年、淋しかっただろう、よく頑張ったね。

美  子  (霊)あなた、ミイちゃん!

奈津夫   もう、いいんだよ。

美  子  やっと!

奈津夫   そう、やっと‐‐‐、長い間ごくろうさん!

美  子  (ネコを抱く)あの子、秀一は?

奈津夫   それは、あの夫婦の務めだよ。

美  子  そうですね。私達の為すべき事は終ったのね。

奈津夫   そうだよ。

美  子  やっと解放ね。

奈津夫   そう。

  笑いながら、美子と、奈津夫とミイの姿がだんだん薄れ消えていく。
  美奈子と秀夫、病室に入ってくる。

美奈子   (母の顔をのぞいて)あなた、おかあさん微笑んでるみた

いよ。

秀  夫  そう、楽しい夢でも見てるのかな。おかあさん。

      (美子の顔をのぞいて)美奈子、其処のブザーを押して!

美奈子   えッ。

秀  夫  先生をよぶんだ!

  美奈子、ブザーを押し続ける。

秀  夫  行ってくる。先生を呼びに!。

  急いで、病室を出て行く秀夫。泣き出す美奈子。

美奈子   おかあさん!

  病室に近づいて来る慌ただしい足音
                   幕

作品名:旅立ち 作家名:檀上 香代子