【創作BL】学ランの話
「三年間で大きくなるんだから良いのよ」
制服を作るときに母親にそうそそのかされたのを今だに恨んでいる。三年経っても俺の背は三センチしか伸びなかったからだ。
元々あまり背が高い方でもなかったが、中学ではほとんどの奴に抜かれた。肩幅は狭く手足も棒のように細い。一生懸命部活動に励んだわりには筋肉もあまりつかない。我ながら貧相な体をしていると思う。
三年生になっても引きずっていたズボンの裾は上げてもらった。長い袖は仕方がないから折り返した。それでも大きい学ランを誤摩化すべく、中に分厚いパーカーを着込む日々。
そんな俺だが明日この中学を卒業する。
「卒業式、このカッコで出てえなあ」
三年間着慣れたパーカーのフードを被る。
「先生、正装じゃなきゃ出さないって言ってたよ」
「だよなあー……」
その言葉を聞いて俺は机にうなだれた。
「そんなにパーカー脱ぐのいや?」
「卒業生のくせに制服ダボダボってダセーじゃん」
「俺だって上着のサイズ合ってないけど無理矢理着るよ?」
「イヤミか!」と、サエの脇腹を小突く。
幼馴染みのサエは俺とは逆で中学に入ってからぐんと背が伸びた。大きくなることを見越さずに作った制服はたちまち規格外となり、サエは早々に学ランを羽織らなくなった。
「タクだってちゃんと大きくなってるよ」
「年に一センチずつだけどな」
「部入ってからガタイ良くなってるし、顔つきとかも大人っぽくなってる」
「みんながお前じゃねーんだからわかんねえよ」
サエは俺と三年間同じクラスで同じ部活。家も近いから学校以外でもしょっちゅう遊んでいる。そんなサエだからわかるだけで、実際家族や後輩すらも俺の発育不足をイジる。
「後輩にもなめられるってさー……」
「タク、慕われてんじゃん」
確かに部内の三年の中では誰よりも後輩と仲が良かった。一緒に馬鹿騒ぎをするのが楽しいから、自分でもそういう空気を作っていたと思う。でもサエみたいに憧れられたいという気持ちもあった。
サエはこの三年間でいつの間にか俺より大人になっていた。ノリが悪くなったわけではないけれど、どこか落ち着いているように見える。すっかり低くなった声で諭されるといっそう実感する。
「慕われてるねえ……」
袖の折り返しを元の長さに戻しながら、ぼーっと解決策を考える。
するとふと一つの考えが浮かんだ。
「……そっか! 上着、後輩に借りりゃあ良いんだ!」
後輩の中に、最初に作った制服がもう着られないほど成長した羨ましい奴がいる。元からぴったりめに作ったせいでどうやっても入らず、今は新たに大きい制服を作り直したらしい。だから昔のものが余っているはずだ。
「よし! じゃあさっそくソウスケに……」
「だめだ!」
サエが急に叫んだ。廊下にまで響くような大声。サエのそんな声を聞いたのは久しぶりで驚いた。
「……ん? 学ラン借りんの禁止とか先生言ってたっけ?」
「あ……いや……そんなのないけど…………ほ、ほら、きっと後輩がボタンとか欲しがるだろうし……」
「俺のを? サエじゃないんだからそんなのねーよ」
それからもサエは何かしら理由をつけて俺を引き止めたが、どの意見も俺にはしっくりこなかった。わかるのはサエがえらく動揺していることと必死なことだけ。
「サエ、やなの?」
俺がそう訊くと、だいぶ間を空けてから聞き取れないくらい小さな声でサエが頷く。
「何で?」
「それはっ…………」
サエは険しい表情をしながら下を向き、言葉を途切れさせた。
その様子はまるで幼い頃のサエを見ているようでなんだか懐かしかった。
「よくわかんねーけど……わかった、借りねーよ」
「本当に?」
サエが嬉しそうに顔を上げる。大人びて見えてもまだ俺と同い年なんだと思えた。
「じゃあサエの学ラン貸せよ」
「えっ?」
「だってサエのやつのが小さいじゃん。それによくよく考えればサエだって俺の着た方がまだ余裕あるだろ? もうこれで最後だし交換ってことで」
サエは頷きながら、また動揺した表情を見せた。でもいやそうではなかった。
卒業式の日。俺にはサエの制服すら少し大きかった。だがダボダボではないし真新しいので、自分のものよりだいぶマシに見えているらしく母親が喜んだ。
そのかわり事情を知ったサエ目当ての女子から学ランのボタンを全てぶん取られた。それは軽く恐怖体験で、憧れられるのも困りものだとわかった。
反対にサエの学ランのボタンは残っていた。サエは後輩の頼みを全て断っていたのだ。
「べつにあげりゃーいいじゃん」
俺の大きい学ランを小さそうに着ながらサエは笑った。
作品名:【創作BL】学ランの話 作家名:おさとう