八丈島の女
もちろん交通量が少ないからだろうが、
見方を変えれば、自分で判断して進め、止まれ、ということになる。
ホテルで教えてもらった小さな飲み屋で、
明日葉の天ぷらをつまみながら、そんなどうでもいいことを考えていた。
仕事をやり遂げたという安心感もあったからだろう。
「年中、黄信号ってわけか」
やはり明日葉は天ぷらにするのが一番だ。
ホテルのウェルカムドリンクで、青汁まがいのジュースにして出されたのには参ったが。
勘定を済ませて店を出る。
今夜は満月か。
それほど観光地化されていないこの島は、
目抜き通りという目抜き通りは存在せず、人影もまばらだ。
交通は車に限られ、もちろん駅もないから、必然的に歓楽街も存在しないのか。
レジャーだけに恵まれた島の夜の表情とは、所詮こんなものなのだろう。
冷やかしに、目についた1軒のキャバレーへ入ることにした。
このままホテルへ戻るのは、何とも味気ない。
街全体が暗いからか、キャバレーはやけに煌々としていた。
* * *
ひときわ目立つ女は、地元の人間ではなかった。
仙台出身。
東京都内の同系列の店にいたが、今年の初めからこの島に来たと言う。
東京経由八丈島。
まあ、ここも東京都なのだが。
キャバレーで女を詮索するのはナンセンスかもしれないが、
この女にはどこか陰が潜んでいた。
気丈に振る舞うわけでもなく、気を遣わないわけでもない。
普通なのだ。だが、それが妙に心地よかった。
たわいのない話をした。
客層は地元の漁師、もしくは出張で来た人がほとんどとか、
こういう店は島に2軒しかないとか。
明日葉のジュースは美味しい、と言っていた。
女は疲れているように見えた。
翌朝、空港へ向かう車の中から偶然女を見かけた。
ゴミを捨てに外へ出たのか、女は寝間着姿でタバコを吹かしていた。
店ではタバコを吸っていなかったが。
化粧気なんてもちろんなく、髪もボサボサだった。
女はなにかつぶやき、眉をひそめながら唾を吐いた。
そして隠すように泣き始めた。
信号が青に変わった。
俺は舌打ちをした。もう少し女を見ていたかったから。
赤信号で偶然女を見かけてしまったという後悔と、
ここだけ信号があるという苛立ちが交わって。
バックミラーを覗くと、女の姿はなかった。
* * *
半年後、出張で再び島を訪れた。
またあの店へいったが、女はいなかった。
女は前へ進んだのか。
止まったままなのか。
今夜もあの日と同じように、黄色い満月だった。
完