ワンとニャン
ニャンは、そんなワンが大好きだ。
だけど、ニャンは、素直にはならない。
「ワンは、みんなにシッポ振って、可愛がられてる。それでいいの?」
ワンは、少し哀しかった。
「ニャンは、どうしてそんな言い方するんだい?ニャンだって可愛がられているじゃないか」
「べつに『可愛がって』って頼んでるわけじゃないもん」
ある日、ワンは、ニャンに聞いてみようと思った。
「ニャンは、どうしている時が楽しいの?」
「うーん。気ままに街を歩いてる時かな」
「ふーん。そうなんだ」
「だってワンみたいに紐なんてついてないもの。とても気ままだわ」
「紐がついていたって気ままだよ。それにぼーっとしていても危ない時、リードを引いてくれるから安心さ」
「まあ、過保護だこと。ちゃんと自分で身を守らなきゃ」
そんな話をした数日後、ニャンは、塀から落ちてしまった。
塀の上にベタベタとした液が付いていたからだ。
落ちただけなら、身を丸めしなやかに着地しただろう。
だが、落ちかけたときに車が通り掛かったのだ。
(にゃん、怖い!)
危うく、車のボンネットに撥ね飛ばされるところだった。
そんなことには ひと言も触れず、ニャンはワンに会いに行った。
「ねえワン」
「なんだい?」
「私ね、ワンの散歩に付き合ってあげる」
「え?どうかしたの?」
「べつに…ワンが紐をくっ付けて歩いているの見たくなっただけ。面白そうだもん」
ワンは、ニャンの頭をぺろりと舐めた。
「いいよ。一緒に散歩しよう。でも僕の傍に居なきゃダメだよ」
「いいわ。居てあげる」
「それから、僕のほうが大きいから道の外側を通りたい。ニャンは、壁側ね」
「ええ、いいわ。それに塀の傍の方がいつも通っているから気に入ってる」
「じゃあ、決まりだね」
ワンは、公園で会う仲間から、ニャンが車に轢かれそうになったことを聞いていたのだ。
その日の夕方、ワンは飼い主のママと散歩に出かける準備をした。
いつもなら、散歩の途中で、片足を大きく上げ、【僕の印】を振り撒くところだが、
今日はニャンが一緒だ。
ママに待ってもらって、お決まりのシートの上で静かに済ませた。
(やっぱり、恥ずかしいしな……)
(大はどうしようかな?しないとママが心配するだろうし……)
ワンは、玄関を出てすぐ横の空き地の前ですることにした。
「あら?もうしたの?じゃあ今日はお散歩要らないかな?」
(え!?それは困った。違うよ、ママ行こうよ。あの角を曲がったらニャンが居るから…ね)
ワンは、リードを引っ張ってママを連れ出す。
「珍しいね。散歩行きたいの?いつも嫌々なのに。じゃあ行こうか」
(良かった)
ワンとママが、角を曲がってしばらく行くと、塀の上からニャンが飛び降りてきた。
ママは、足を止め、身構えた。
「びっくりした。猫ね」
ワンとママは、再び歩き始めた。
ニャンは、ワンの隣を歩く。
「ねえ、猫ちゃん。あなたはどこのこ?このこ犬よ。変でしょ?」
ニャンは、いつもより姿勢良く、斜めに鼻先を向けてツンツン気取って歩いた。
そんなニャンをワンは微笑ましく横目で見ながら歩いた。
ママは、不思議だった。いつも会う近所の人にも「珍しいわね」と声を掛けられている。
徐々にママもまんざら嫌でなくなってきているようだ。
細い道からニャンが出掛かった。
ワンは、慌ててニャンの右後ろ足を咥えた。
「にゃん。何よ?」
ニャンは、道に潰れ転んだが、その前を自転車が通って行った。
「あ、ありがとう。ワン…」
「僕の散歩道だからね。いつもの風景は知ってるよ。僕が守ってあげないとね」
でも、ママは、「ダメじゃないの!猫ちゃんのアンよ噛んじゃ。ねえ猫ちゃん痛くなかった?」とニャンを抱き上げた。
ワンは、少し寂しかったけど、ニャンを守れたことが嬉しかった。
それから、ワンとニャンは散歩道を並んで歩き、あの角まで戻って来た。
「ニャン、どうだった?」
「まあまあね。せっかくだから、明日も付き合ってあげる」
「そっか、待ってるね」
「じゃあ、私帰るわ。パパが猫缶開けて待っててくれるから、バイバイ」
ニャンは、身軽に塀に飛び乗ったが、ワンの傍にまた降りた。
「ん?どうした?」
「おやすみ!」
ニャンは、鼻先をツンと上げてワンの脇腹を擦って歩いてから塀の向こうへと
消えて行った。
「あらあら、可愛い猫ちゃんだったわね」
ママも優しい笑顔だった。
ワンは、そのあとのおやつがとても美味しかった。
そして……。
次の日も、その次の日も、ワンとニャンは、散歩を一緒にするようになった。
今日は、ママが何か持って出かけた。
(ママ、それって……猫じゃらし?!)
− 了 −