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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微睡み 5 



 ずくりとした脇腹の痛みと高熱に浮かされながら、朦朧とする意識の混濁の波紋の中で、過去の記憶が鬱蒼と覆う茂みから垣間見えた。
 夢と現の狭間で溺れながら、時折ちらつくように見えたサガの面影。
 毒が見せる幻覚なのだろうが、随分と甘さが消え、大人の男としての精悍さを増していた気がして不思議に思った。私に向ける眼差しが、優しかったけれども、ひどく悲しげに見えるのが切なかった。
 それにしても、なんという甘美な毒なのだろうと思う。命を奪いかねない強力なものだとしても、たとえ幻覚だとしても、彼に会えたことが嬉しかった。
 寒さに凍えれば、サガが抱き締め、温めてくれた。
 優しい鼓動に包まれながら、私はあの頃のように安心して深い眠りにつくことができた。




 喉の渇きで目覚めた。視界に入ったのは昔なじみの少し黄ばんだ白い天井。まるで重石でも引き摺るほどに言うことをきかない、麻痺の残る手足。
 やっとの思いで動かして、上半身を起こす。億劫に首を回し、周囲を確かめる。
 どうやら、ここは救護施設のようだなと認識した時、「やっと、目が覚めたか」と呆れたような友の声が聞こえ、扉のある方に顔を向けた。
 アイオリア、と言おうとしたが、失敗した。声が出ない。眉根を寄せると、呆れたようにアイオリアは肩を竦めて、部屋の隅に置かれた椅子をベッドの横に引き寄せ、どっかりと腰を落とした。

「無理すんな。ここに運ばれてからも、ずっと眠ってたんだから。まったく、おまえらしくない失態だな。聞いた時には驚いたぜ、ったくよ」

 うるさい、と声は出さずに唇を動かすと、アイオリアは小さく笑った。

「でも、もう安心だな。あと少し養生すれば元に戻るだろう」

 どれくらい眠っていたのか?と尋ねれば、耳を疑いたくなるような返答が返って来た。思わず、まさか、と返す。

「まさかもクソかもねえよ。ここ救護施設で、2週間。その前に2週間は別のところで治療してもらっていたらしいから、そうだな…このあとも含めるとおよそ、おまえの怪我は全治1ヶ月以上、というところだな」

 信じられないと胡乱げに眉根を寄せるが「真実だぜ?」とアイオリアは念を押した。その間のほとんど記憶がないものだから、時の感覚がおかしかった。
 それに、アイオリアの言葉に引っかかりを覚えてじっと彼を見た。救護施設に来る前、私はどこに居たのか、ということを疑問に思ったのだ。

「――なんだ、え?ここに来る前のこと?いや、俺も知らない。どっかで治療を受けていたらしい――ってとこまでしか聞いてないから。おまえは覚えていないのか?」

 逆に尋ねられてフルフルと首を振る。まったく記憶にない。どういうことだ、これは……と深い思考に落ちていくのを感じ取ってか、アイオリアは無理せずちゃんと休めよ、と言うと部屋を出て行った。
 ぼんやりと窓の方に顔を向ければ、今しがたこの部屋を後にしたアイオリアの後ろ姿が見え、そのまま見送る。そういえば礼の一つも言わなかったと思いながら。
 きっとアイオリアのことだ。負傷して運ばれた私のことを聞いて、目を覚まさない私のもとへ幾度も足を運んだに違いない。そういう性分だろうから。

 ――それにしても。

 ここに来る前の私はどこに居たのか。最後の記憶は……と掘り起こす。覚えているのは教皇の間だった。報告を終えたけれども、無様に倒れた気がした。ここを出たら、まずは非礼を詫びに伺うべきだろうなと心が重くなった。