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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微睡み 3 



 ――教皇は私の忠誠が、真であるのかを試しているのだろう。

 幾度目かの勅命の最中、あと僅かで任務を果たすという時。
 まだ集中していなければならなかったのだが、ごろりと横たわる、数分までは人間であった者の絶望に見開かれた瞳と目が合ったことで集中していた気が削がれてしまった。

 私は一体、何をしているのだろうか、と。

 もう、己の正義さえ見失っている。信念を貫くことの困難さばかりを感じて、ひどく鬱々とした気持ちが支配していった。だからであろう。油断が生じたのだ。鈍い衝撃とともに、左脇腹に鋭く、熱い電流が走った。僅かな聖衣の隙間を狙ったもの。
 我に返り、それが痛みなのだと認識した。痛みを発する場所へと視線を向けると、そこにはまだ、ほんの子供ともいえる少年の姿があった。
 私の左の腰辺りに身体をぶつけ、全身全霊をかけて憎しみの眼差しを差し向けていたのだった。ぞわりと総毛立つほどの気迫。容赦せず、払い退ける。非力な少年はこともなげに空を待った。その手元は怪しく光を放っていた。鋭く曲を描く短刀が握り締められていたのだった。



「――大義であった。これでまた正義は敷かれたのだ。次の命が下るまで、待機せよ、シャカ」
「承知、致しました」

 跪いていた足を億劫に感じながら伸ばす。まるで機械仕掛けの人形のようにでもなった気分だった。
 もう、とっくの昔に足の感覚は麻痺していた。傷はある程度塞いだはずだったが、どうやら毒が仕込まれていたらしい。ひどい吐き気に悪寒、目眩さえも起きていた。呼吸も既に乱れ始めている。酸素が薄い。
 できるだけ早く報告を済ませ、自宮に戻らなければ……と思考能力の落ち始めた頭で思う。教皇の御前で倒れるというような失態だけはなんとしても避けたかった。
 浮遊感を伴いながら、出口へと向かう。扉まで敷き詰められた赤い絨毯が変化していく。血の海へと化し、波となって逃すまいとするかのように私に押し寄せた。荒波に揉まれ、一歩も前に進むことが出来ないのだ。
 私は溺れているのか――どんどんと視界がぼやけ、奪われた酸素を求めるように喘ぐ。
 覆い尽くす暗闇に呑込まれまいと、あと僅かで外なのだからと己を咤しながら、扉へと手を伸ばした。だが、それは届くこと叶わず、無情にも宙に舞った。斜めに景色は流れ、天と地が入れ替わる。真っ赤な絨毯の上に落ちた自らの血が見えた。それは遜色なく馴染んでいたようだった。
 身体は嵐のように荒れる波に攫われたかのようで。ふわりと浮き上がっては沈むを繰り返し、岩に叩き付け砕けた波の音が響いていた。
 毒による幻覚に苛まれながら、沈み行く身体の重さに恐怖を覚え、空気を求めて、喘ぎ、海面を目指すように腕を伸ばす。
 するとどこからか、力強く波間から引き上げる手が伸ばされた。岩に打ち付ける波の音は次第に叫ぶ人の声のようにさえ聞こえた。それはとても必死なもので。懐かしささえ沸き起こるものだった。
 強く握り締める手の温かさ。それは幼き頃追い求めたあの人を思わせるものだった。


『さが、どこ?さが、どこに行ったの?さが、さがっ!!』


 薄い闇が恐ろしくて。
 安らぎを与えてくれるサガの姿がなくて。
 恐慌に陥ったあの時と記憶が重なった。叫んでも、叫んでもサガの姿どころか気配すらもなくて……不安が渦巻いた。たった一人残される恐怖、絶望が私を支配した、あの時。
 差し伸べる手のような、子守唄のような囁きが聞こえた。淡い光の道が示すままに彷徨って、バルゴの意識と出会った。優しく包み込んでくれたバルゴの意識。サガとは違ったけれども、私を守るように不安を取り除いた。そう、それは母の胎内のような温かさ、絶対的な守りのようだった。
 そして今、同じように凍える私を誰かが包んでくれていた。
 時折、悲壮なくらいに私の名が呼ばれた。その声があまりにもサガに似ているような気がしたから――「サガ」と名を呼んだ。強く握られたその手を離したりはしなかった。

「サガ、怖い」
「サガ、もう、どこにも行かないで」
「サガ、ずっと、そばにいて」

 私はただ壊れたように、幼子の如く繰り返すばかりだった。