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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの接吻 5



 幾度目かの勅命を果たし、いつものように飄々とした風情で報告に上がったシャカ。けれども、いつもとはどこか違うように感じた。端的に言えば覇気がない、とでも言えばいいのか。
 少々顔色も悪く思えたが、敢えてそれを口には出さなかった。いつものように心のこもらない労いの言葉をかける。

「――大義であった。これでまた正義は敷かれたのだ。次の命が下るまで、待機せよ、シャカ」
「承知……致しました」

 ほんの僅か――コンマ一秒ほどにしかならない、恐らく自分以外の者なら気づきもしないであろうシャカの反応の遅れに眉を顰めた。ゆるりと立ち上がったシャカは顔を伏せたまま後ろを向いたため、その表情がどのようなものであったかはわからない。が、どこか異状をきたしているのではないかと直感的に悟った。

「……シャカ」

 その後ろ姿に声をかけるが、返事がない。ただ幽鬼が彷徨うような足取りで、扉へと向かうばかりだ。いよいよもって怪しいと立ち上がり、再度「シャカ!」と声を上げた時だった。
 ぐらり、とシャカの身体が傾く。扉へと伸ばしかけたシャカの腕は何も掴むことのないまま、空しく宙を舞ったのだ。
 まるでスローモーションのように力なく倒れ込んで行く姿を目にして、無意識のうちに駆け出していた。絨毯の上に倒れ込んだシャカを抱き上げると、ぬるりと掌に生暖かい嫌な感触が蔓延った。恐る恐る、その掌を見て絶句する。鮮やかな深紅に染まる掌。

「これは……どういうこと、だ?……シャカ、答えよ、シャカ!」

 一瞬にして己の血が固まり、冷えていくのを感じた。
 はぁはぁと速く弱い呼吸を繰り返し、どんどんと色を失くしていく唇。冷たい汗がシャカの身体にべったりと張り付き、力なく伸びた四肢。ひどく身体は冷たかった。どれほど危険な状況に陥っているのか、医術を心得る者に訊ねなくともわかるほどだった。

「誰か――おらぬか!?おい、しっかりしろ、シャカ、シャカ!?」

 一体どこから流れているのか。
 まずは血を止めねばと邪魔な聖衣に手を掛ける。主を守護する聖衣が離れることなど通常はありえないが、恐らく守護すべき主の身体が危機的状況であると判断したのか、いとも容易くバルゴの聖衣がシャカから分離した。
 聖衣に包まれぬシャカの痩身が露になり、とても頼りなげに見えた。消えそうな命。それは嫌が応にも過去の記憶と重なった。
 流れ出る血を辿り場所を確かめ、掌を押し当てると苦しげにシャカは呻き、仮面の面に指先を伸ばし、触れた。
 そして――サガ、と、か細い声で私を呼んだのだ。


 「サガ」と。


 私の中で何かが弾けた。強くシャカの身体を引き寄せ、抱き締め、頬をすり合わせるようにしながら、うわ言のように繰り返されるシャカの囁きを耳にした。どこにも行かないで、そばにいて、と願う声を。

「大丈夫だ、シャカ――私はここにいるよ」

 冷たいシャカの指先を握り締めながら、私の心はどこか歓喜に満ちていた。