二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ネメシスの微睡み~接吻~微笑

INDEX|13ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

ネメシスの接吻 4



 あの男はバルゴ。あの子ではない。
 あの男はバルゴ。私の知るシャカではない。

 そう、何度も呪詛のように呟き続けた。バルゴの意思が動かす「シャカ」という容れ物は静かな湖面に投げられた石粒のように心の中に波紋を広げ、細波を打ち寄せ、私を苛んだ。
 目を瞑れば浮かび上がるシャカの姿。バルゴがその美しい姿態に容赦なく絡み付き、その身を喰らい続ける幻とも夢ともつかぬものに精神は擦り減らすばかりである。どんなに意識をしないでおこうとしても、気が付けばシャカのことばかりを思っている自分がいた。
 後見者の思惑通りに勅を与え続けたのも、ひとえに近くでその小宇宙を感じたくなかったため。だが、シャカが聖域から離れれば離れたで、動向が気になって仕方ないというアンビヴァレンスに吐き気さえ催した。
 どんな過酷な勅命も淡々と表情一つ変えることなく、完璧に遂げて行くシャカは事務方の評価も鰻登りで黄金聖闘士の中でも一、二を争う実力者として名を馳せ始めた。
 それがどれほど恐ろしいことなのか、彼らにはわからない。いや、わかるまい。人の命を容易く、躊躇無く奪うことができる存在など、もはや人間ではないのだということを。

「あれはバルゴの容れ物なのだ……」

 血の通った精神など、その中にはないはず。道具として生かされているだけなのだと自らの心に刻み続けた或る日のこと。
 久方ぶりに教皇の間から這い出て、外の空気に触れる機会があった。闘技場に集う聖闘士候補生たちの目映い眼差しを受けながら、尤もらしいことを説いて聞かせたのち、ロドリオ村へと足を運ぶ途中のことだった。
 通りの道から少し外れた場所には小川があるのだが、そこから子供たちの嬌声が上がっていたのだ。とても楽しげな声に興味を抱いた私は従者たちに声をかけると、少しばかり道草を食うことにした。
 近づくにつれ、数人の子供たちの甲高い楽しげな笑い声に混じって、時折大人の男らしい声も混じった。「やめないか」と諌める少し高めの声と「もっとやれ!」と嗾ける低い声の二種類の響きがあった。バシャバシャと水音がひっきりなしに聞こえてくる。
 どうやら川遊びに夢中のようだと微笑ましい光景を想像して、仮面の奥で顔を綻ばせる。殺伐とした日常を送る荒んだ精神を少しだけ潤そうと、その光景を一目見てからロドリオ村へ向かうつもりで小川の辺りから見下ろした。

「きゃはは、こっちだよ〜」
「こら、待て!そっちは深いから止めとけ!シャカ、そっち、行ったぞ!掴まえろ」
「なんで、わたしが――っあ!?しがみつくな、暴れるな!」
「やだ〜離せ〜〜!!えい、えい!」
「もっと、やっちゃえ〜、あはは!!にっげろ〜」
「こら、いい加減に……」

 ばしゃばしゃと小川で戯れる子供3人。そして、私服姿のアイオリアにそしてシャカがいた。言うまでもなく全員、頭から水浸しになって存分に水浴びを楽しんでいるといった様子で、誰も彼もが満面の笑みを浮かべていた。あのシャカでさえも無邪気な子供のように屈託のない笑顔であった。
 いつかの光景のような、春の木漏れ日の如くの笑顔をシャカが浮かべていたのだ。柔らかな陽光と水飛沫に包まれながら、そこに居たのは紛れもない、『あの子』だった。

「シャ――!」

 思わず名を叫び、駆け出しそうになったが、先にこちらの存在に気付いた子供の「あ、教皇様だ!」の一声で空気が一変した。アイオリアの姿もシャカ姿も一瞬にして消えた。先ほどまでの和やかな表情を一瞬にして消し去った子供たちは、川から出て水を滴らせながら、固い表情で礼儀正しく、深々と腰を折って跪いた。そこにはもう『あの子』の姿はなかった。すべてが幻だったのだろうか。

「教皇様?参りましょうか」

 言葉を失して立ち尽くす私を訝しんだ従者に促されてようやく我に返り、迷いを振り払うように踵を返し、軋む心に刻むように繰り返した。



 あの男はバルゴ。あの子ではない。
 あの男はバルゴ。私の知るシャカなどでは決してないのだ――と。