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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの接吻 1



 何の疑いもなく、ただ一つの正義に身を捧げられたならば。
 きっと違った今を過ごしていたのかもしれない。
 そう思うと同時にそれはありえないことであったのだとも思う。
 あのまま、漫然と日を過ごすことなど私にはできなかった。
 大切なものを奪われ、
 内に渦巻く負の意識が全身を満たしながら、
 一度覚えた義憤を消し去る術など
 私は持ち合わせてはいなかった。


 教皇を弑し、アイオロスを放逐したことの自らの行いは決して誇れるはずもなく、正しいことだとは今も思わない。だが、間違っていたとしても、後悔という感情は芽生えなかった。それほどまでに私の闇は暗く深く澱んだものだったといえる。
 幾年月を刻みこんできた教皇の間で次々に訪れる者たちと交わす言葉も意味を成さないまま、ただ通り過ぎるだけの日々。
 時折は闘技場などに足を運び、聖闘士たちの出来具合を直接、確かめたりもした。彼らは聖域という壊れかけた機械の一部品、もしくは古から生き続けた化け物の糧でしかない。
 だが、必要不可欠な存在ではあった。この教皇という玉座も――また然り。



【 ネメシスの接吻(くちづけ) 】



 いつものように未明近い時間にもかかわらず、玉座のさらに奥にある執務室で積まれた書類に目を通していた。聖域の一部品にさえなれなかった脱落者たちの名前が連ねられた書類に顔を顰め、頭を痛めているとトントンと扉を叩くものがあった。

「――教皇様、よろしいでしょうか」

 嗄れた声は永きに渡って、ずっと教皇を補佐してきた事務方の長ともいえる男である。名前も知らぬままであったが、さして問題はなかった。必要なときには「誰かいるか」で誰かが来るのだから。裏方として君臨してきた彼らの炯眼は鋭く、早い段階で私が教皇と成り代わったことに感づいていたようであったが、問い詰めるようなことはしなかった。
 彼らには彼らの秩序があって、「教皇」という玉座も聖域の一部として機能さえすれば、何ら問題はないようである。
 その証拠に彼らの前で私は試しに素顔を曝してみせた。いざとなれば、容赦なく、殺せばいいだけだ――と残忍な心内で試したのだが。しかし、彼らは動じることもなく、いつもと変わらず相対した。彼らにすれば教皇とて、聖域を成す一部分でしかないのだということがよくわかった出来事だった。もしくはこの事態もまた予測された事象に過ぎなかったのか。どちらにしろ、不都合はない。それ以来、奥に籠る時には仮面を一切つけることもせず、堂々と過ごしている。

「……よいが、なんだ」

 面白くもない書類にペンを滑らせサインをし、爪弾いて箱に飛ばし入れた。そのままギッと悲鳴を上げる椅子に深く背もたれ、おずおずと中に入って来た男に顔を向ける。むろん、素顔である。
 ちらりと一瞥しただけで、あとは下向いたままモゴモゴといいながら、恭しく献上するように書簡を差し出した。

「インドのアディティヤ一族の長……バルゴの後援者からでございます」

 ぴくりと指先が止まりかけたが、すぐに動作を戻し、封を手荒く切って目を通す。長々と始まる挨拶文。用件にまでなかなかに辿り着かず、苛立つ気持ちを抑えながら読み進めた。

「――なるほど。聖域のことにまで首を突っ込むつもりか、この者は」

 苛立ちのままにバサッと手紙を男に投げつけるとおずおずと拾い上げて、懐から眼鏡を取り出し、しばらく無言で目を滑らせていた。

「この聖域に資金面ほか何かと多大な貢献をしていただいておりますゆえ。聖闘士の後援者たちは後援者たち同士の思惑……牽制し合う意味もあってか、自ら推す者の栄誉を勝ち取りたがるものでございます」
「とくに最近はグラード財団が幅を利かせているようだな。彼らの間でも噂になっている、か?」
「ええ、然様でございます。古参のアディティヤ一族にすれば最も面白くなく、名立たる聖闘士の中でも最高位にある黄金聖闘士を抱えながら、未だお声を掛けて貰えぬことに苛立っておるのでしょう。彼らの言い分にも一理あります。そろそろ頃合いではあるかと思いますが?」

 抜かりない蛇のような眼差しを向け、一応は伺いを立てるように提案してきたがその実、ここに来るまでにあらかじめ事務方と向こうの一族で既に取り決めたことなのだろうと容易に推測できた。
 ならば答えは決まっていた。もう、恐らく事態は動いている。

「ふん…実にくだらぬことよな。好きにすればいい。おまえたちに任せる」
「では、そのように。改めて謁見の日取りを決め、お伝えいたします」

 スッと腰を折って男が出て行ったあと、深い溜め息を零した。眉間に深い皺を刻みながら瞳を閉じる。
 宿敵のようにさえ思える存在。彼の者はインドの聖地でどれだけ成長したのか。会うことをどこかで恐れている自分がいた。内包する憎しみが噴出し、自我を保つこともままならぬかもしれない。
 自我を失くして、下手をすれば命さえも奪おうとするかもしれない。教皇を弑した時のように、アイオロスを貶めた時のように。

「……バルゴ、か」

 我が心の有り様はネメシスのみが知っている気がした。