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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの微睡み 1 




 今にも泣き出しそうな空。
 聖域を覆い尽くし、所々崩れた石畳や、等間隔に生えた柱を灰色に染めて行く。呑込むような、それでいて拒絶するような回廊へと誘う宮の入り口はさながら、監獄のような佇まいにさえ見えた。
 ぽつり、ぽつりと天垂れた滴が灰色の石畳を小さな黒点の印をつけた。やがて一面へと広がりを見せ、本格的に降り出した雨によって造られた水鏡にクラウンを象る。
 無数の雨粒は、鼠色となった景色の中に浮かぶ白い痩身へも無遠慮に降り注いだ。朝陽にも似た薄黄金色に輝く、真っ直ぐ伸びた髪。十分すぎる水気を蓄え、薄い身体に張り付き、雨だれを滴らせた。雫は無情の雨の冷たさにも似た表情を造形(つく)る頬を幾度も辿り続けた。
 第三の宮を前に立ち止まった白い影。わずかに口を動かし、なにごとかを呟いた後、再び奥に広がる闇の回廊へと歩み始めた。



【 ネメシスの微睡み 】



 時の神が、永久の眠りついたような教皇の間。
 重苦しく、巌のような熾烈さで支配され、冷えた空気に満たされたこの場所は、過去の記憶と寸分違わずに存在していた。

「――教皇に拝謁願いたい」

 最奥へと続く扉の前で検問する者へと告げる。もう何十年と使われてきたであろう、古ぼけた机。その上で机同様、年を重ねて来たような年配者が背を丸めたまま顔を上げ、年輪のように深々と刻む皺をことさら強調するように眉を潜めた。
 傾き、薄汚れた丸眼鏡を一度、指先で上げ「バルゴのシャカ、か」と無遠慮に一瞥した。そのまま沈黙し、分厚い本のような帳簿――恐らく面会者、もしくは予定者の名前でも記帳されているものを皺だらけの指で辿る。
 ぱらり、ぱらりとページを幾度か捲ってようやく該当したのだろう。指先が止まった。まだ昼前だというのに一体、何人がこの場所に訪れ、教皇に面会を求めたのだろうか。つまらない疑問が一瞬浮かんだが、すぐにかき消した。

「……おまえの面会予定は先日の20時45分であったはずだが、如何なる理由により遅れたのか、申せ」

 教皇の側近ともいえる事務方という自負心に満ちた、尊大な物言いは癪に触るが、相手が黄金聖闘士といえども一歩も引かぬ堅さに相当する敬意を込めて答える。

「失念していた」

 皺まみれの瞼で落窪んだ瞳が、丸眼鏡の奥で剣呑に光り、今度は口周りの皺を寄せ集めてみせた。

「教皇様は秒単位で予定が進められている。おまえとの謁見も予め、練りに練った上での予定であるにもかかわらず、なんと無礼な!」
「そんなはずはなかろう?秒単位では狂いが生じた際、修正し難い上に機械ではない人間相手のこと。そのような計画を練るようならば、よほどの愚者。そのような者たちに己の身辺を任せているなら、教皇もしかり」
「己の不始末を捨て置き、言うに事欠いて、なんということを……!」

 顔面を真っ赤にして怒りを露にする老人を前に、もう一言何か言わんやとした時。仄暗い声が漂って来た。

『――もうよい、時間が惜しい。バルゴを中に』

 疲弊した、とまではいかないが、少なくとも陽気とは程遠い引き潮のような声音。そして、古い記憶へ干渉するような、どこか懐かしささえも感じるものであった。

「いえ、ですが――このあと教皇様にはお休み頂かなければ…」

 なおも食い下がろうとする検問者に対し、僅かに怒気を孕んだ声が決定打を告げた。

『疲れている。あまり手間を取らせるな』

 悔しげに口を歪ませながら、立ち上がった……といっても、円背のため、シャカの腰ほどにしかならない背の高さの老人は、ジャラジャラと幾つも連ねた鍵束をその手に持ち、教皇の玉座へと続く扉へと向かった。
 差し込んでは回される鍵。12の鍵穴に差し込まれ、その役目を果たしてようやく扉が開かれた。

 ――これではまるで牢獄とさしてかわらぬ。

 そんな感想を抱きながら、シャカは小さく溜め息をついた。
 シャカが一歩、中へと入ると重厚な扉は重苦しい音を伴い、閉ざされた。そして、再びガチャリ、ガチャリと一つずつ鍵が閉められていく音に薄ら寒いものを感じながら、シャカは血塗れたように真っ赤な絨毯の上へと足を滑らせた。
 ゆったりと玉座に佇む、仮面の牢獄の主に向かって、恭しく頭を垂れながら跪く。

 「バルゴのシャカ、これに」

 短く告げる。「うむ」という教皇の返事を合図に顔を上げ、真っ直ぐに差し向けた。一見したところ、何ら昔と遜色ない、代わり映えのない教皇その人。けれども、違和感を覚えて、少し息を呑んだ。ただそれだけで気取られることはなかったはずだったのだが。

「何か言いたいことがあるようだが?」

 剣呑さを増した声音に、僅かばかり顔を下向けて「いいえ」とだけ答える。本当は尋ねたいことがあったのだが、あまりにも不確かなそれは尋ねたところで一笑に付されるのみであろうと、呑込んだのだった。納得してはいない様子であったが、教皇は敢えて追求をすることはなかった。
 教皇にしても触れられたくはないことがあったのだろう。互いに譲り合うように、避けるようにして次の言葉を模索しているようだった。

「――本当に失念していた、のか?バルゴよ」

 出し抜けに、なんの感慨もなく平坦に問われ、シャカは用意のないままに「いいえ」と再び否定した。あまり尋ねられたくはなかったけれども、恐らくは問われるであろうこと。遅れた理由についてである。

「では、なぜ?」
「私をお呼びになられた理由は何故でしょうか、教皇よ」

 仮面の面が翳ったように思えたのは気のせいだろうか。それは気のせいではなく、確かな変化だったのかもしれないと立ち上がった教皇が視線を避けるように背を向けたことで確信したシャカである。

「バルゴとして私が生まれた日は――ただ人として生きた私が逝った日でもあるのです。少しばかり、過去を偲んでおりました」

 偉大な教皇の背をどこか物悲しく見据えながら、過去へと心廻らせる。