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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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「ええそうだけど、それだけではないわ。女性が太陽のように自らの力で輝くことを目指しているの。今の女性は、家制度に基く結婚の中で夫の力に依ってしか輝けない存在になっていることを悲しんでいるの。古代のアマテラスの時代は、女性はもっと自立して自由な存在だった、その時代に戻ろうと提唱しているのです」
「先生は、結婚を否定されるのですか。男女が愛し合うことを否定されるのですか?」
 龍一は、問い詰めるように言った。
「いいえ、そうではありません。今の結婚制度は女性に夫の従者としての良妻賢母であることを求めていることが問題なのです。恋愛は人生の喜びです。私も現在、男性と生活を共に営んで子供を育てています」
 龍一は、平塚女史が夫が妻に命令でき、また妻の財産を管理することができると定めた「夫権」のことを言っていることが理解できた。
「でも、結婚はしていらっしゃらない?」
「ええ、男女が一つ屋根の下で暮らして子供を持ち家庭生活をおくることを否定しているわけではないのです。ただ、それゆえに女性が自己を犠牲にしなければいけないことが認めがたいです。だから、お互いが対等でいられる制度を目指しているのです。妻が夫と同様に働きながら子供を育てられるそういう社会にしたいのです。私は自らそれを実践していますが、世の中には私ほど恵まれた女性はいません。世の中全体を変えなければいけないのです。社会を変えるとしたらそれは政治の力です。社会において女性が男性と同等に政治の話ができるような社会にしたいとも考えています」
「そのためにも、婦人の参政権が必要だとおっしゃっているのですね。ですが、この国は男尊女卑の国です。近代西洋でも、婦人参政権は獲得運動こそ盛んですが、認めている国はわずかです。それに、この国では男子の普通選挙でさえ認められていないんです。無理があるのではないでしょうか」
「道は険しいことは承知しています。同じ女性の中にもたくさん男尊女卑を信念としている方々がいます。ですが、世の中を少しずつ動かして、大きな山が動くほどの潮流にしたいと考えているのです。女性は投票権がないばかりか、政治集会に参加することすら認められていません。まずそこから変えて、次に参政権です。私達はこう言いたいのです。婦選なくして普選なしと」 
 龍一は聞きながら思った。これがいわゆる「新しい女性」の生き方なのかと。
 対談の最後に平塚女史は言った。
「私は言論の力を信じています。皆様のような新聞に携わっている人々が多くの女性や男性を啓蒙していけることを心から願っています」
 龍一は思った。婦人参政権、男女平等、結構じゃないか。「新しい女性」が増えていくことになれば世の中は、もっと輝くのではないかと。

 一九一八(大正七年)八月、新聞記者となってすでに四ヵ月もの月日が過ぎていた。龍一の新人としての研修は、ほぼ終了に近づいていた。社会部の記者だが、新人研修ということで、この四ヵ月の間、経済部や文化部の取材もさせられ、記者の仕事を幅広く学ぶこととなった。少しずつだが、取材したことを元に記事を書くことになっていた。
 松下電気器具制作所が発売を始めた二股ソケットの紹介記事。宝塚で鉄道の乗客呼び込みのために始まった少女歌劇団が人気を呼び、ついに本格的なスター養成所の「宝塚歌劇学校」が発足したことを伝える記事。新人であるがため、必ず経験のある先輩記者と同行して取材をし、記事も書いた後に、かなりの推敲を受け、取材の仕方、記事の書き方などを習得していく日々だった。
 また、龍一は語学力があったため、国際部の方から海外の文書や新聞記事などを翻訳する仕事もしばしば頼まれた。
 世界の関心事といえば、ヨーロッパで起こっている大戦だ。四年前にオーストリアの皇太子がサラエボで暗殺されたことを契機に、ヨーロッパが分裂、ドイツ・オーストリアの同盟国とイギリス・フランス・イタリア・ロシアの連合国との間で激しい戦闘が繰り広げられるようになった。すでに数百万人もの戦死者を出している。
 また、そんな中、昨年には連合国の一員であったロシアで帝政を布くロマノフ王朝が民衆の不満から倒れ社会主義革命が起こり、革命の指導者であったレーニンは三月にドイツと講和を結び戦線離脱することとなった。連合国の他の国々は危機感を抱いた。ロシアと共にドイツを挟み撃ちしていたのが、今やドイツがイギリス・フランス・イタリアとの西部戦線に全力を投入出来るようになったからだ。
日本は、連合国側についたが、日本にとってこの戦争は、軍事物資の特需による好景気を生み出すきっかけとなっていた。
 好景気は、生活を豊かにして、新興事業などで財を成した者は、しばしば「成金」などと呼ばれるほど揶揄された。そのような成金への反発とロシア革命の影響を受けてか、社会主義運動というものが芽を出している状況でもあった。
 だが、この遠く離れた欧州の戦争とロシアの革命が、思わぬ決定を日本政府にさせることになった。連合国の要請でシベリアに兵を派遣することを寺内正毅総理大臣を筆頭とする内閣が閣議決定したのである。連合国側は、ロシアの革命勢力を鎮圧させることを日本に求め、その見返りとして日本にシベリアでの権益を確保することを認めるとした。
 政府は、連合国との外交的協調と革命勢力に苦しむロシアの民衆を救済するということを出兵の目的とした。
 大阪朝夕は、このシベリア出兵の決定に反対する立場を取った。
大西哲夫は、シベリア出兵と国民生活の影響を分析した記事を書き、その中で政府のシベリア出兵の決定を激しく批難した。
「寺内内閣は、国益という言葉の意味を理解しているのだろうか。我々から吸い取った多額の血税を投じ、大義名分のない干渉戦争に国民を巻き込ませることを真の国益と考えているのだろうか。また、こんな出兵がシベリアの民に歓迎されると本気で考えているであろうか。だとしたら、笑止千万であると言わざる得ない。」
と大西は、このような文章を紙面に載せた。
 この社説は、政府を露骨に批判し過ぎているとして社内でも物議を交わしたほどだった。大西は、それでも主張を曲げるつもりはなく、次々と批判記事を紙面に発表した。
 仕事が終わった後、龍一と大西は、飲み屋で晩酌を交わすこととした。
 龍一は言った。
「大西さんは、どうしてこんなに政府を批判するのですか。日本という国が嫌いなのですか」
 龍一は、素朴な疑問をきいてみた。
「何をいっとるんや。わいは、この国が好きやで。この国の人間も大好きや。好きやから批判をするんで。政府が間違うこともある。国民が間違うこともある。そやから、わいらブンヤが正すんや。わいは朝夕にいて、そういうことが出来ることを誇りに思っとる」
 大西は、そう誇らしげに言うと、ぐいっと杯を口に流し込んだ
「貴様ら、朝夕のもんか!」
と大西の席の真後ろに立っていた若い男が怒鳴り声を上げた。軍服を着ている。
 すぐ隣に五人ほどの軍服を着た男達の集団が食卓を囲んで座っている。
 大西は、立ち上がって
「そうや、なんか用か」
と言った。その若い軍人とにらみ合った。