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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 南京での惨劇を思い出し、涙を流しながら、婦人に体験を語った。歯止めが効かなくなるほどに暴走していく日本をただ見守るだけでは済まなくなり、日本に戻り首相補佐官となったこと。だが、政府も軍部の暴走に何ら歯止めをかけられず、チャーリーの誘いにより反逆行為に乗り出す。日本は、母なる祖国ポーランドを占領したナチスドイツと同盟関係を強化、ついには首相の座も軍部に牛耳られることに。ナチスや日本のファシズム勢力の台頭を容認できないアメリカは、これまでの孤立主義を捨て日本へ様々な制裁を課す。それは、日本を戦争に駆り立て、それによりファシズム勢力を排除し、世界に新たな秩序を築く目論見を実現するためであった。
 ワシントンに在住しながら、月に数回の割合でペンタゴンを訪ね、ベネット博士との対話に応じてきた。ただひたすらいろいろなことを話した。日本の歴史、これまでの自らの経緯に限らず、日本人の思想、信条、宗教観、家族観、趣味などなど。ベネット博士は、矢継ぎ早に様々な質問をしてくる。その度にリッチーは悩みを隠せなかった。どう答えていいのか分からなくなることが多かったのだ。しかし、その度にベネット博士は、こう言ってリッチーに塾考させ答えを引き出さそうとする。
「問題なのは答えがないことじゃないの。答えがあり過ぎることなのよ」

一九四五年三月 大阪
 深夜の大阪市、中之島にある朝夕新聞ビルの一室で一人の男が筆を取っていた。宮台真司編集局長だ。かつては、国際部の記者であったが、満州事変以後、軍部礼賛の記事を書き続けることにより売上部数の向上に寄与したことが認められ、編集局長に出世するまでに至った。
 三日前、帝都東京が空襲を受けたことに関する記事を推敲しまとめていた。多数の死者が出たことには触れず、敵機が低空で侵入したが、それを十数機撃墜させたことが主題になっている大本営発表を元にしたものだ。「鬼畜米英」には負けていないという戦意高揚を目的とした記事だ。しかし、そんな記事が何の役に立つのかと、日に日に戦況がひどくなるにつれ思う。そして、誰もが口にしないが分かっていることがある。それは日本が戦争に負けるだろうということ。毎日のように日本中のあちこちが空襲に遭っている。敵は日本の制空権を握っているのは誰の目にも明らかだ。
 ブー、と空襲警報が鳴った。宮台は筆を止めた。爆撃機の轟音も聞こえて来る。一瞬思った、東京の次はここか。急いで避難をしないと。その途端、激しい閃光が窓の外に映った。耳の鼓膜が破れるほどの爆音と同時に窓のガラスが窓枠ごと吹き飛び辺り一面が火に包まれた。


 宮台は自らの体が炎を上げていることに気付いた。頭が錯乱した。熱さを感じるほどの余裕さえなかった。そして、目に映ったのは、天井が自らに落ちてくる光景であった。


 ベネット博士とリッチーが対話を始めて一年近い歳月が流れた。そして、日本に関してある結論に達した。日本がなぜ、こんな状況にまで追い詰められたのか。それと日本人の精神文化とにどんな関連があるのか。

 そもそも日本が、これほどまでに戦線を拡大させる必要はなかったのではないか。確かに世界恐慌以来、困窮に飢え侵略という手段を取らざる得なかった事情がある。欧米列強ほどの植民地や資源をそもそも持っていなかったため、やも得ぬ選択肢であったと。当初は、そんな意味で理解が出来るが、満州国建国後、戦線が拡大していく時期になると不況だけでは説明がつかない。それは、軍部の組織の中で「進んだ限り引き返せない」と考える一点張りの精神主義が優位となったからだ。不況も金融緩和政策などの成果で脱しつつあった上、日中との戦争では犠牲に勝るほどの成果が出ておらず拡大がそれほど望まれるものではなかった。
 だが、論理矛盾があっても、情動が優先する事態が起こった。拡大が不必要になったとは言え、引き下がればこれまでしてきたことの正当性を否定することになると考え、戦略も何もなくひたすら進んでいく。本末転倒な論理で突き進んでいく。考えることをしない軍人に多い問答無用な精神主義だ。
 だが、さらなる謎は、そんな軍人たちの横暴をなぜ誰も止められなかったのか。軍部の権限が中央政府から分離していたことだけが理由であったのか。精神主義で舞い上がる軍部を政府はなぜ説得できなかったのか。「不拡大方針」を打ち出しながらも、軍部は従わないため、それに追随していった。内閣不一致で倒閣されるのを恐れたためだ。
 しかし、その制度上の問題だけが要因だったのか。近衛首相の軍部への追随ぶりは、実に情けなかった。
 ふと、かつて会った蒋介石総統の言葉を思い出した。
「羊の群のような集団だ。その群の中にリーダーはいない。付和雷同的な連中ばかりだ。群衆の何気ない流れに一斉に乗り、歯止めをかけられる者は誰もいない」
 そうだ。それだとリッチーは答えを見つけた気がした。
「日本人の集団依存体質です。それが、キーなのかもしれません。我々は、自己主張することが苦手なのです。だから、誰かが情動に任せて突進して間違った方向に流れても、誰も揺り戻しをすることができない。現状をやもなく追認してしまうのです」
 龍一の言葉にベネット女史が頷いた。
「つまりは、反論して他と対立することを恐れるのね」
と女史が言うと
「ええ、極端なまでに。日本は島国で、いわゆる同質的な人々が集う一つの村社会と言えましょう。アメリカとは、その点正反対です。だからこそ、身内同士で争い合うことを避ける傾向があります。他と違うことは、村社会からあぶれることで、非常に恐れることなのです。そして、自らとその家族に恥をもたらすことでもあるのです」
とリッチーは補足した。
「つまり、恥の文化ね。ことの善悪よりも他とどう協調していくかを重視する考え方ね」
「そうです。恥の文化は、明治維新以降の近代化において統合意識を高め、短期間の内に富国強兵を実現する意味では役立ちましたが、今のように情動が先行する時代になるとかえって弱点になっているのかと思います」
「言い換えれば、それが日本の情動に任せた行動の源になっていると言えないかしら。つまりは、日々、自らを抑えて生きているから、その欲求不満は計り知れないものだと思うわ。そのことが、軍部のあれほどの暴挙となり、それに対し追随する人々を生んだんじゃないのかしら」
 ベネット女史の説明にリッチーは感嘆した。そうか、恥の文化か。自己のない集団依存体質。それによる欲求不満の爆発。一連の歴史の流れが、それによってつながってくるような気がした。
「日本は今後どうなるのでしょう? つまりは戦争が終わった後、負けるでしょうけど」
 リッチーは、気掛かりだった。
「それは日本人次第ね。分かっての通り、行動パターンは情況によって変わるわ。だから、戦争の後に平和こそが順応するものと思える情況が来れば平和に向かっていくでしょう。でも、またもや戦場へと向かう情況が来るならば、ただその方向に向かっていくということじゃないのかしら」
 ベネット女史は、淡々と言った。
「つまりは自分で舵を切れないということなのでしょうか。それだけの判断能力がないということなのでしょうか」