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☆水葬~波の下に・平家物語に寄せて~☆


あの日 あの時

 私たちは ただ黙って海を眺めていた
 互いに期待するものは何もなく 
 ただ この静かすぎる時間の後で必ず訪れるであろう瞬間を
 ひたすら待ち続けていた

今でも 私にはよく判らない

  あの頃の自分があなたに何を望んでいたのか
  あなたがあの時 私からどんな言葉を引き出したかったのか

ただ 一つだけ判っていたのは
 
   たとえ どのような道のりを歩んでいたしても
   私たちの間で別離は避けられなかったのだということ

いや もしかしたら

   出逢った瞬間から 私たちの危うい関係には
   既に別離が透けて見えていたのかもしれない


だとしても あの日 あの時

   あなたに出逢ったことを不幸だとも間違いだとも思わない
   そう断言できる私か゛今もここにいる

彼女は私のたったひとりの親友と呼べる女友達だった

    そんな彼女からあなたを紹介されたのは三年前
    まるで下手な恋愛小説かドラマの中のようだけれど
    あなたを見た刹那 時間が止まるかと思った

    秀でた額 整った鼻梁 
    男性にしては少し大きすぎると思えなくもない瞳
    そのまなざしに囚われ 吸い込まれそうになったといえば
    これも他人は三文少女漫画のようだと笑うだろう

すべてを犠牲にしてもいとわない恋

    そんなものがこの世にあるとは聞いていたけれど
    まさか自分がその馬鹿げた恋に落ちるとは考えてもいなかった

そう すべては計画的だった

    あの日 あなたに電話したことも
    ずっと忘れられない男がいるから、相談に乗って欲しい頼んだことも
    恋バナの相談をするのだと言い訳めいた台詞を口にしながら
    二人だけで逢う機会を重ねるにつれ
    あなたの態度か゜微妙に変わってっいった

それはそうでしょう

    私は美百合から聞いていた あなた好みの女の子を完璧に演じていたから
    長い髪に少しだけ濃いめの化粧
    清楚なワンピース 控えめなパールのネックレス
    
〝彼、最近、おかしいのよ。どうやら、好きな子がでたらしいの〟

    美百合から聞いたときには、勝った。。。と思った
    これで あなたは私のもの
    もう 彼女には絶対に渡さないと心に誓った

あれから色んなことがあった
  
    二人だけで初めて出かけたヨーロッパ旅行
    パリのオープンカフェでは
    美男のウエイターに私がナンパされたとき
    あなた ひどく怒っていた
    鎌倉では古い寺に咲いたいっぱいの紫陽花を眺めて
    周囲に誰もいないのを確かめてキスを交わした

    沖縄の海に行ったときは
    あなたの気を引きたくて
    わざと挑発的なビキニを選んだけど
   

既に あの時 あなたの心は私から離れていこうとしていたのね
    あなた 私といても以前ほど楽しそうじゃなかった
    きっと 美百合のことを思い出していたのね
    誰が見ても あなたと美百合はお似合いのカップルだったもの
    優しいあなたと少し勝ち気だけど 本当は芯のもろい美百合

あの日 あの時
    あなたから メールて゛呼び出された瞬間
    あなたが何を言いたいのかすぐに判った
    女の情報網はなかなか侮れないのよ
    美百合が妊娠しているらしいと噂で聞いたとき
    ああ あなただと確信めいたものがあったの

あなたを一時的にせよ手に入れたことで
    私はたったひとりの親友を失った
    それでも あなたは私をひとりにして彼女の許へ戻ってゆくのだと
    そんな男を私は友達を捨ててまて選んだのだと
    自分の愚かさ加減に呆れた

あの日 あなたはホッとしていたわよね
    私があなたに何も言わなかったから
    あなたを責めるのは簡単
    例えば〝いつから寄りを戻していたの?〟とか
    〝私と彼女を二股かけていたのね〟とか

でも あなたの心が私の側にはないのに
    今更 何をどういったとしても無駄だし
    あなたの心がかえって遠のくだけ

とはいえ 最初から判りきっていたことだった
    あなたは いずれ美百合の許に戻ってゆくことになるだろうと
    漠然と予感しながらも
    あなたを手に入れたことで満足しきっていた
 
馬鹿な女 愚かな浅はかな女
    親友の恋人を奪っておいて良い気になっているから
    罰が当たったのだと誰もに嗤われた
    それでも あなたとほんのひとときでも良いから
    一緒に過ごしたかった
    あなたの〝彼女〟でいたかったのだと言ったら
    他人はますます私をなじるでしょうね

あの日 あの時
    蒼い海を眺めながら
    あなたは私にポツリと言った
    〝ごめんな。美百合に子どもが生まれるんだ〟
    〝そう〟
    私もひとことだけ返した
    私たちの関係が始まった瞬間から別離は見えていたのに
    私は何を期待していたのだろう?
    物わかりの良いことを口にしながらも
    心のどこかでは あなたがあの子ではなく私を選んでくれることを
    望んでいた

あなたが無情にも別れを切り出した瞬間
    本当は思い切り叫びたかった
    あなたがいなければ駄目になってしまうは美百合だけじゃない
    私だって あなたが必要なのに
    
昔から いつもそうだった
    儚げな美百合は誰もが放っておけなくなるタイプで
    私は地味で 目立たなくて 誰からも振り向かれず構われない子

あなたが安堵の笑みを浮かべて去っていってから
    私 海を眺めながら考えた
    今 この海に飛び込んでやれば
    あなたは私を永遠に忘れられなくなる
    美百合とあなたの関係に 私という存在が永遠に影を落とすでしょう
    それも悪くはない選択だと思った
    それで 結局 死ぬ勇気もなかったのだから
    どこまでも中途半端な自分に自分で呆れた
    そんなだから 何をやってもうまくいかないのだと     
 
あれから 何年経ったのかしら
    風の便りに あなたと美百合が離婚したと聞いた
    美百合が流産してしまった後
    結婚はしたものの
    うまくゆかなかったのだと誰かが言っていたっけ

でも もうそんなこと どうでも良い
    私もそろそろ30だから
    親戚の紹介してくれた男性と結婚することにしたの
    今風のイケメンだとはお世辞にも言えないけど
    働き者の実直な男
    あなたと美百合の破局を知って
    すべてがあまりにも空しくてバカらしくて
    大笑いしたわ
    あの日 あなたが去った後
    この海を眺めながら私が流した涙は何だったのか
    
あの日 あの時 あなたと別れてから 
    あなたとの想い出は写真も含めてすべて処分したけど