陽だまりの光
身を引き裂かれるほどの苦痛。あぁ、俺は罪人。
「何故だ、何故…父上がエリュシュオンから出たのを気づけなかった?」
ハデスは冥府へ戻ると書斎に歩を進め、イスに座る。
何がどうなっているのか、ハデスさえ頭がついて行かない。
父の狂った笑顔の中にある悲しそうな顔。
必ずそうだった。父は自分を犠牲にして何かを考える。
分からない。父が、何より最近はガイアもおかしい。
父はガイアと幾分か衝突していた。
衝突の内容は分からないが何かで揉めている。
自分たちの知りもしないところで、何かが動き出していのかもしれない。
ハデスは頭を抱える。
最近は死者の数も激増した。
よくはわからない。愛妻ペルセポネが戻ってくる季節は、確かに死者が多かった。
彼女の母が怒り狂いとばっちりを受ける者達が多かったからだ。
だが、それも昔に収まり今は彼女の母デメテルは温厚。
「考えれば考える程分からん…父上の動きや増えた死者の数。困ったな、ペルが戻ってきたら、抱きしめてやれんかもしれん…」
ハデスはため息を吐く。
愛妻ペルセポネとハデスの馴れ初めは、多くの神や人々たちを驚かせた。
なんせ、花嫁を掻っ攫ってきたのだから。
今は仲がいいが、昔は罵詈雑言をよく言われた。
懐かしい反面、心苦しい。
二人は仲が良すぎて、冥界の神々果てには幽閉されているティタンの神々たちにまで呆れられている。
なんせ、クロノスが半ば諦めたように仲がいいなと呟いたのだから。
ハデスは書類を眺めようと、書類を手に取った。
「ハデス様!!」
「!!…ペルセポネ!!」
勢いよく開け放たれた扉。
扉を開けたペルセポネは、機嫌がよさそうにハデスに近寄る。
当のハデスは愛妻の急な帰りに驚き、固まった。
今は夏。冬ではない。
「母様に無理を言って、来たんです」
にこにこと笑う愛妻の行動力にハデスは、圧倒される。
さすがゼウスとデメテルの娘。行動力は桁外れというわけか。
ペルセポネはハデスに抱きつくと犬のように甘える。
ハデスは可笑しくて笑ってしまう。
愛妻には敵わない。いつも負けてばかりいる。
「それより、最近地震が多いんです。花もうまく育たなくて」
「地震が?…そうか、それで人が」
「えぇ。多くの死者が出て、ハデス様も疲れているでしょうから、来たんです」
「ありがとう、ペル」
ハデスは礼だと言ってキスをした。
するとペルセポネは、嬉しさを惜しげもなく表す。
自分の愛妻は時折しっかりしているが、まだまだ子供な面もある。
それに和んでしまう自分にハデスは、苦笑した。
父クロノスは腹の内が分からない。だが、家族愛は強い。
まるで誰かから守る様に自分たちを食していた。
泣きながら父は、自分を食していた気がする。
ハデスも家族愛は強い。長らく冥府で一人であったせいか弟や姉たちが大切だ。
そして妻も。
「…母様がおじい様のことを言っていました。まるで自分たちを守る様におじい様は、食べていたと」
妻の急な言葉にハデスは、驚く。
ペルセポネは苦笑した。そして、ハデスの腕の中から離れる。
「親は子供のことを第一に考え、子の幸せのためなら何でもするそうです。母様がいうので嘘ではなさそうです」
デメテルは彼女の母。
子を持つ者としては、至極当然であろう。
もしかしたらクロノスは、不器用な父性愛を持っているのだろうか。
いつもだ。
「それに子の成長のためなら、悪にでもなってやると」
「!!!!」
(我はどれほどの悪に…ハデス、闇を見るなよ?我と同じひたりひたりと歩く闇を。お前の闇は安らぎの闇…我の大切な子の一人……お前たちは我の)
父は何を言いたかったのだろうか。
優しい声で優しい眼差しで。
何が父を狂わせるような行為を。
ハデスは考え込む。ふとペルセポネが不服そうにハデスを睨む。
「ハデス様は、いつも考え過ぎ!!少しぐらい息抜きしないとだめ!!!」
そういうとハデスにまた抱きつく。
ハデスはあっけにとられる。
しかし、ペルセポネはハデスに対して不服そうに口を膨らませていた。
ハデスは愛妻に謝罪を述べる。
考え過ぎ。よく言われる。
兄弟たちにも。
少しは息抜きもいるのだろう。
ハデスは頷くと愛妻を抱きしめ、仮眠をとることにした。
歯車は動いている それは気づかないうちに背後に
ニタリと誰かが笑う 涙を流し そのものは
大切そうに子らを抱く まもるため