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献杯、愚かしき過去へ。

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九州最大の繁華街、中洲から程近い、薬院。

俺のプライベートタイムはこのエリアがお気に入りだ。

路地を少し入ると、マンションの1階に洒落た店が点在する。
今日も、Bar Topのカウンターで、バーテンで店長の由美の作るジン・バックを味わっている。
今年で33歳になるという由美の自家製ジンジャーエール。
目が覚める様な辛さが、喉に心地良い。

「加藤さん、今日は一人ですか?」
小柄で、美形で、派手でなく控え目。由美は、一人暮らしの俺の一番の癒しだ。
「いや、もうすぐ、大学時代の友人が来る。」
「大学って、東京の?」
「うん、バンド仲間なんだ。」
「加藤さんバンドマンだったんですか?」
「20年前の話だけどね。」
「パートはどこですか?」
「一応ヴォーカル。」
「加藤さん、声がセクシーですもんね!」

‐‐‐声がセクシーか‐‐‐‐

ガラン、と店のベルが鳴り、田辺が入って来た。
「おう、加藤、ごめん!少し迷った。」
「久し振りだな、田辺。同じものでいいか?」
「頼むよ。」

由美が田辺の前にジン・バックのグラスを置き、
「いらっしゃいませ。」と挨拶。
改めて由美を見た田辺の目に驚愕が走る。

「!!!加藤、彼女‐‐‐‐!」
「この店の店長の由美ちゃんだ。‐‐‐やっぱり似てるか?」
悪戯っぽく笑う俺。
「馬鹿、似てるなんてもんじゃない!瓜二つだぜ、優子に!」
由美が首を傾げる。
「優子って?」
マルボロを灰皿にこすりつけ、俺が言う。
「ま、まずは乾杯だ!説明はその後!由美ちゃんも一緒にどうぞ!」

優子は、俺と田辺の共通の恋人だった。
俺も田辺も、大学時代、夫々、バンドのリーダー兼ヴォーカルで、渋谷や新宿のライブハウスで暴れまわっていたものだ。
ハードロック系の俺と、パンク系の田辺。
系統の違いと、同じ練習スタジオという連帯感とで、俺達は夜な夜な飲んだくれる仲間だった。

大学2年の夏。
初めて、同じライブハウスでタイバンした。
その日、客としてきていたのが、優子。
江口寿志の漫画に出て来る様な、少しキュートな美少女だった。
ステージから優子を見つけた俺は、彼女を打ち上げに誘った。
打ち上げ会場で、気がつくと、優子を挟んで俺と田辺のスリーショットが固定。
‐‐‐加藤君、声がセクシーよ。作曲の才能も凄いわ!‐‐‐
‐‐‐田辺君、ステージでのオーラが眩しい。観てるだけで興奮しちゃう‐‐‐
そこそこに人気と自信があった俺達も、何故か、優子に褒められるとたまらなく嬉しくなった。

自然と、三角関係が生まれた。
俺と優子がデートする時は、田辺がスタジオにこもっている。
田辺と優子のデートの時は、俺のバンドが練習をしている。
時には3人で、優子の部屋でへべれけになるまで飲み、語り、笑い、泣いた。

この関係は2年ほど続いた。
しかし、俺が音楽をやめた事で、いつの間にか3人の関係がギクシャクし、終焉を迎えた。
優子の自殺という、最悪の結末で。

「‐‐‐なあ、加藤。オマエ、何で突然音楽やめた?」
学生時代から変わらない、ショート・ホープの紫煙を燻らせ、田辺が俺に問う。
「‐‐‐今だから言えるが‐‐‐オマエに嫉妬してた‐‐‐俺には敵わないと‐‐‐」
「嫉妬?俺の何処に?」
「俺は楽器は何でもこなせたし、作曲も煮詰まることなく直ぐに作れた。バンドメンバーの仕切にも自信はあった。‐‐‐でも、俺には一番大きな欠点があった‐‐‐それを思い知らされたのがオマエの存在だ。」
「‐‐‐‐」
「‐‐‐そう、俺には、ミュージシャンとして一番求められる、「華」がない‐‐‐オーラを放つ事が出来なかった。オマエの様に‐‐‐‐」
3杯目のジン・バックを呷り、俺が答える。

「‐‐‐同じだな‐‐‐」
新しい煙草に火をつけて、田辺が呟く。
「同じ?」
「‐‐‐そう、実は、俺もオマエに嫉妬してた。かなり激しくな‐‐‐」
「‐‐‐」
「‐‐‐俺は、確かに見かけは華やかに振舞う事ができた。こういう恰好で立てばカッコいいとか、こんなファッションをすれば目立つとか、そんな事は、全然苦にならなかった。‐‐‐ただ、俺にはオマエみたいな才能はない‐‐‐」
「才能?」
「俺は、初めてオマエの曲を聴いて鳥肌が立った。あのメロディ、あのアレンジ、そしてオマエのヴォーカル‐‐‐俺は、自分が惨めでならなかった。」

しばしの沈黙の後、由美が呟く。気がつけば顔中に涙が溢れている。
「優子さんは、お二人の悩みを、それぞれに受け止めてくれたんですね‐‐‐」
そう、俺は、いつも、優子の胸で、泣きながら愚痴った‐‐‐田辺には勝てないと‐‐‐。
恐らく、田辺も同じことをしていたのだろう。

田辺が由美の方を向いて問う。
「ねえ、由美ちゃん、優子の自殺の原因、想像つくかい?」
「田辺!止めろよ!」
俺は、田辺の方を掴み、制止しようとした。

「聞かせて下さい。」
由美の物静かだが、凛とした声。まるで、優子がそこにいる様だ。
俺は、田辺から手を離し、両手で頭を抱える。

「優子は妊娠したんだ。こいつの、加藤の子供をな。こいつの才能を一番買っていたのが優子だった。だが、妊娠を告げる前に、加藤は音楽を止めた。優子は産みたかったんだ、一人でも‐‐‐‐こいつの才能を受け継ぐ子供を---」
‐‐‐‐優子が死んだ夜、田辺から聞かされた事実‐‐‐‐
「優子はナ、加藤。オマエの才能と、俺の見てくれ、オマエ流に言うと「華」って奴を一体化させたかったんだ。オマエの作った曲を俺が演じる、そんな夢を見ていたんだ。だから、俺達の恋人になったんだ。知ってたか?」
「‐‐‐ああ‐‐‐何度も聞かされた‐‐‐‐」
「‐‐‐でも、あの頃の俺達は、お互いに意地があって、絶対にそういう面では妥協できなかった。な?」
「‐‐‐そうだ‐‐‐」
「‐‐‐そこで、優子なりに、俺達を繋ぎ止めようと考えた。その結果、オマエの子供を孕んだんだ。」
「‐‐‐オマエの子供だった可能性もあるだろ?」
由美も頷く。

「いや、ない。俺とは避妊が条件だった。しかも、危険日は絶対にダメ!と言われた。」
‐‐‐‐そう言えば、俺は一度も避妊具装着を求められた事はなかった‐‐‐‐

再び沈黙。

やがて、由美が静かに語り出す。
「‐‐‐優子さんの気持ち、わかる気がします。一度に二人の人、それも、違った才能を持った人を愛してしまったら、私も、もしかしたら、同じ様な事をしたかも知れません。優子さんは、お気の毒でしたけど、ご自身納得の上で、物語の幕引きを演じられたのではないでしょうか?‐‐‐」



優子‐‐‐。
君の判断は、恐ろしい程的確だったね。

音楽を止めた俺は、その後、地元の福岡でCMディレクタ―になり、結構成功してるよ。
やっぱり、俺には作り手が性に合っているんだな?

田辺は、劇団を主宰する俳優として、全国的に活躍中だ。
アイツは、優子の見立て通り、生まれ持っての演じ手だよ。


そして、今日、君そっくりの女性の前に、改めて二人揃って酒を飲んでるよ。

優子‐‐‐‐。
ありがとう。
そして、ごめんね‐‐‐。
俺達の、愚かしき過去の、美しい犠牲者へ‐‐‐。

献杯!


作品名:献杯、愚かしき過去へ。 作家名:RSNA