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ビー玉とセーター

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昭和23年、晩秋の頃だったと思うが小学2年生だった私は当時流行っていたビー玉遊びに興じる子供たちの群れの中にいた。
薄日の射す中、道路に屯して遊ぶ子供たち・・・東北の田舎町では、まだ車の通行は、まばらだったので大人たちが叱ったり咎立てする事は無かった。
生来右目が弱視だった私は遠近感が、つかめないことから球の類で遊ぶことは苦手で、この日も遊びの中に入ることはなく離れた一角からゲームに夢中になっている仲間の姿を目で追っていた。
ビー玉の妖しい光彩はこよなく魅惑的だったし欲しい気持ちは人一倍強かったが勝てない勝負事には、どうしても手を出すことが出来なかった。
 兄2人に弟と妹2人という子沢山の決して豊かではない家庭に育った私は衣服といえば、いつも兄のお下がりばかりだったが、この時は、どんな事情だったのかは知らないが母が手編みしてくれた新調のセーターを身に着けていた。
物の不足していた時代に真新しいセーターは目立ったかもしれない。
物欲しげな眼差しでゲームを一途に凝視していた私に突然、優しい眼差しをした若い男が親しげに笑顔で話し掛けてきた。
次兄の名前をあげて良く知っているといって、いろいろと兄のことを話し出した。
運動が万能で勉強が良く出来て喧嘩も強い等々・・ 日ごろ自慢に思っていた兄のことをおだてあげられて、いい気分になった私は相手をすっかり兄の知人だと信じ込み、この人は、いい人だなと心底思い込むこととなった。
そして、いつしか笑みを絶やさない巧みな話術に、すっかり乗せられていた。
なぜゲームをしないのかを尋ねられたので事情を話すと同情のこもった眼差しで私の寄り目がちの両眼を凝視して頻りに頷き「かわいそうに」とつぶやいた。
それから今度は自分自身のことに話題を移しビー玉ゲームが得意で、いつも勝っているので、いろいろな種類のきれいなビー玉を沢山持っていると、さかんに自慢した。
「いいなあ」と、しきりに羨ましがると「今ここには少ししか手持ちがないけど家には、いっぱいあるから呉れてやってもいいよ」と相変らず笑顔で答えてくれた。
予期しない言葉だっただけに嬉しさが一気にこみ上げてきて、なんてこの人は、いい人なんだろうという思いは更に強められた。
「自分の家は、ちょっと遠いけど一緒に行くかい」と誘い、こちらが笑みを満面にたたえて強く頷き返すと先に、たって歩き出した。  道すがら、こちらの興味を引く話題で気を引きながら歩を進めた。15分ほどで着いたのは嘗て通っていた幼稚園の近くであった。
陽が大分傾きかけた時分であった。
人気の無い裏通りで「家は、すぐそこだけれど家族に知られたくないので、ここで一寸待っていて」といい「 なるべく沢山ビー玉を持ってきたいので何かいい入れ物が、あればいいなあ」といいながら私の着ているセーターに目をとめ「丁度恰好の入れ物になるなあ」と一人合点しながら脱いで貸してくれるように言い含めてきた。
私はビー玉が欲しい一心から無言で、すぐにセーターを脱ぎ相手に手渡した。
「ちょっと寒いかもしれないけど、すぐ戻るから」との言葉を残して、その人は足早に去っていった。
時間がむなしく過ぎていき陽は西の空に落ちかけていた。
まだ明るいものの冷気が身にこたえるようになり心細い思いが一気にこみ上げてきた。 相手が去っていった方向に目を凝らしながら待っていたが一向に姿を現さない。
何かあったのだろうかと小さな頭でいろいろ思いをめぐらせてみたが甲斐の無いことだった。
次第に暗さが忍び寄ってくるに従い冷気は一層肌身を刺すようになり身体全体が小刻みに震えるほどになった。
家に帰りたい気持ちが募ってきたが無断で、その場を去るのは相手の好意を裏切ることになるように思えて帰るべきか否かで心中葛藤を繰り返していた。
やがて周りがすっかり闇の帳に包まれると我慢できなくなり、ようやく家路に着く決心をした。
帰途、何度も、もしかして今頃戻ってきているのでは、との思いに駆られながら後ろ髪を引かれる思いで重い足を運んだ。
真っ暗になってから情けない姿で帰宅した私は、どやされることを覚悟で戸口を跨いだ。
帰りが遅いので心配して待っていた母は薄着の息子の姿にびっくりして何が、あったのかと問い質した。
事情を話すと母は呆れ顔で「その人はいい人では、なく悪い人で、お前は騙されたのだよ」と言い放った。
しかし私は母の言葉を素直に受け入れることができず、あんなにいい人が騙すなんてと納得できなかった。却って無断で帰ってきてしまった自分を責める気持ちを引きずっていた。
 夕食時「馬鹿なやつだ」と家族から揶揄されたが私自身は、なかなか心の整理がつかなかった。
 それから数日たったある日、学校の体育館で昼休み時間に遊んでいるとき偶然、新調のあのセーターと、そっくりのものを身に着けた子に行き会った。
一瞬自分の目を疑ったが、どう見てもそのセーターは紛れもなく自分のものに違いなかった。
しかし、その子は見ず知らずの子だったので言葉をかけることが出来なかった。
学校が退けると急いで下校した私は帰宅するやいなや事の顛末を母に話した。
話を聞くと、すぐさま母は私の手を引いて急ぎ足で学校に向かった。学校までは10分足らずの距離だったが母は校門近くの道端に陣取ると下校する子供たちの姿を真剣な眼差しで追い始めた。
セーターを騙し取られて一番悔しい思いをしたのは夜なべしながら苦労して編んでくれた母に違いなかった。 セーターを取り戻したいという一念は執念に近いものだったに違いない。
一方の私はといえば自分の勘違いだったら、どうしようとか相手は、もう下校してしまったのでは、などの想念が頭を過ぎり半ば不安な気持ちで母の傍らに立ち尽していた。
どのくらい時間が経過したかは定かでないが、やがて件のセーターを着た子が数人の仲間とふざけ合いながら下校してくる姿が目に入った。
目敏い母は、すぐにその子のもとに駆け寄ると努めて、やさしい声で、そのセーターを何処で買ったのか訊ねた。その子は昨日、祖父が知り合いのお兄さんから買ってくれたものだと答えた。
母はその子の名前と住所を聞き出してから唐突に声をかけ、いろいろ問い質したことを詫び、それから彼の後姿を見送った。
やはりセーターは騙し取られたものに間違いなかった。
ここに至って私は初めて自分が騙されたことを理解したが、あんなに、やさしそうで親切に見えた人が何故という疑問は解き明かすことができなかった。
その後、母は警察に相談し最終的にはセーターは戻ってくることになったが後味が悪く、どうしてもそのセーターには愛着が持てなかった記憶が残っている。
警察の人の話によると、あの人は能力があり中学校の成績も優秀だったそうだが家庭の事情で高校へ進学できず就職したそうだ。
しかし、うまく行かなくて仕事をやめてしまい生活に困るようになり、その挙句の犯行だったそうだ。
騙したことをしきりに後悔しているし強く反省もしているとのことだった。
それを聞いて少しは心の重しが軽くなったような気がした。
作品名:ビー玉とセーター 作家名:kankan