ミコとの約束
さゆちゃんは心がおしつぶされそうになりながら、つらい思いで見守っています。
つい先日まであんなに活発に飛び回っては、いたずらをして困らせていたのが嘘のようです。
ミコは二週間ほど前、急に食欲が落ちて元気がなくなりました。
心配になりお母さんと一緒に動物病院に連れて行くと考えもしなかった怖い病気にかかっていることがわかりました。
獣医さんは「これは助からない病気です」と同情するように低い声で言いました。
「まさか どうして どうして」
にわかには信じられず頭の中が真っ白になってしまいました。
その後症状は、どんどん重くなるばかりです。 お腹に水がたまるようになり、ふくらんでくるので病院に通って水を抜いてもらうのですが、しばらくすると、またふくらんできます。 動きもだんだん鈍くなり横になっていることが多くなりました。 下痢便が出たり、よだれがたれてくるようにもなってきました。
食物もほとんど受けつけません。
それでもさゆちゃんは、お母さんと力を合わせて一生懸命世話をしました。
ときどき弱弱しい目でこちらをじっと見つめているときがあります。 その目には「ありがとう」という気持ちが、こめられているようです。
ひとりでに、涙が出てきてとまりません。
いろいろなことが思い出されます。
ペットショップから家に連れてきたときは、おろおろしながら「ニヤーニャー」とさびしそうに鳴いてばかりいました。
でも少し経つと慣れてきて所かまわず走りまわるようになりました。
元気いっぱいでテーブルの上に飛び上がったり「ダメ」と叱っても台所の流し台にジャンプしたりと、いたずらも目に余るほどになっていました。
その頃は食欲も旺盛で食事の時間が待ちきれず、おねだりすることも度々でした
朝は誰よりも早起きで食事を催促することが日課でした。
夜は、さゆちゃんのベッドにきて一緒に寝ます。
いつも遊び疲れると、さゆちゃんの足元に、すり寄ってきては甘えるしぐさをします。
抱きかかえて体をなでてやっていると気持ちよさそうに寝てしまうこともありました。
本当に可愛くて可愛くてしかたがありませんでした。
いやなことがあって暗い気持ちでいるとミコが心配そうな目つきで、こちらを見つめ「一体どうしたの」と、たずねてくれているような気がしたものです。
ミコを相手に愚痴をこぼしているうちに、すっかり気が晴れることも度々でした。
そんな時ミコは「元気になってよかったね」というように嬉しそうな表情を見せました。
ミコは、さゆちゃんを慰め元気づけてくれる名人でした。
そのミコが死んでしまうなんて絶対いやです。でも獣医さんは「もうどうしようもないんだよ。せめて、してやれることは苦しまなくてもいいように安楽死させてあげることだけだね」といいました。
楽にさせるためとは、いえ命を勝手に奪うなんて到底ゆるせません。
さゆちゃんは、きっぱり断りました。
「ミコは苦しみに耐えながら懸命に生きようとしているのだから、がんばって一日でも長く生きていてほしい」というのがさゆちゃんの正直な気持ちです。
できれば死のことなんか考えたくありませんが頭の中は、いつの間にかそのことで、いっぱいになってしまいます。
死ぬって一体どういうことなんだろう。
息を引き取ると体は冷たくなり動かなくなる。呼んでも話しかけても何のこたえもしなくなる。どうしてなのかは、わからない。
やがて死んだ体は火葬され墓に葬られる。
おばあちゃんが亡くなった時そんな経験をさゆちゃんは、しています。
その時お父さんから「生きているものは、いつかは必ず死ななければならないんだよ」と聞かされましたが、よく解りませんでした。
今ミコの死を告げられて、それが、どんなにつらく悲しいものかが、よく解りました。
「いやだ いやだ」と、いくら泣き叫んでも、どうにもならないことも知りました。
「そんなに悩まなくてもいいんだよ。体は死んで、だめになっても命の力は決して消えてしまうことは、ないんだからね。ミコの姿が見られなくなっても心の中でミコのことを思いだしてごらん。ミコは必ず生き生きと話しかけたり励ましたりしてくれるよ」優しい声が突然どこからか聞こえてきました。
「そうなのか ああ、よかった」さゆちゃんは少し気持ちが明るくなりました。
とんとんと誰かが肩をたたいています。
「疲れたのね」お母さんの声でした。
ミコのそばで横になっているうち、いつの間にか寝てしまったようです。
幼いミコが死ななければならないのは本当にかわいそうです。でもそれで全てが終わりでないことが分かったような気がします。
手を伸ばしてやさしくミコの体をさすってやると安心したようにじっと目を閉じています。
「ミコ、いつまでも私の心の中で生き続けてね」さゆちゃんは、そっと語りかけました。
ミコが、目を閉じたまま、こっくり頷いてくれたような気がしました。
「きっとだよ。約束だよ」さゆちゃんは心をこめて、やさしく語りかけました。