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でんでろ3
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novelistID. 23343
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狂科学者の密室

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「第1助手っ! 第1助手ーっ!」
「また、君は……、研究所内を走ってはいかんと何度言ったら」
どうして、こんな慌て者が第3助手になれたのかと、呆れていると……。
「落ち着いている場合じゃ、ありません。博士が『シュレーディンガーの小部屋』に入ってしまいました!」
「またかね。そのうち、出てくるだろう」
「そ、それが……。装置が作動してしまっていて……」
「馬鹿なっ! ほ、本当か?」
「タイマーもカウントダウンしています」

 この「シュレーディンガーの小部屋」を説明するために、まず、「シュレーディンガーの猫」について説明しなければならない。
 「シュレーディンガーの猫」とは、次のような思考実験だ。
 まず、蓋のある中の見えない箱を用意する。この中に健康な猫を1匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量、そして、ガイガーカウンター1台と、青酸ガスの発生装置を1台、設置する。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出したら、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動するようにしておく。つまり、ラジウムがアルファ粒子を出せば、青酸ガスが発生し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。
 ここで、大切なのは、猫の生死はアルファ粒子が出たかどうかのみにより決定するということ。アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。つまり、猫の命はラジウムのアルファ崩壊と一蓮托生である。
このとき、箱に入れたラジウムが1時間以内にアルファ崩壊してアルファ粒子が放出される確率を50%としよう。すると、1時間以内にアルファ崩壊しない確率も50%となる。その場合、量子力学の世界では1時間後に、このラジウムは、アルファ崩壊している状態と、アルファ崩壊していない状態が、「1:1で重なり合っている」と解釈する。
しかし、この箱の蓋を閉めてから1時間後に、猫が生きている確率も50%、死んでいる確率も50%だからといって、この猫の状態を、生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なりあっていると解釈するのは納得がいかない。
……と、いったような主張をシュレーディンガーさんがしたのである。
そして、このパラドクスについて思い悩んだ末、この研究所の博士が作り上げてしまったのが、「シュレーディンガーの小部屋」だ。基本的な構造は「シュレーディンガーの猫」の実験装置と同じ。ただ、違うのは、人間が入れるほどの大きさだということ。「猫の立場になったら、謎が解けるのでは?」などという考えを、博士が実現してしまったのだ。
もちろん、「シュレーディンガーの猫」ですら、あくまで思考実験であって、猫を生命の危機にはさらさない。ましてや、人体実験などもってのほか……。と、博士自身も言ってはいたのだが……。

「あのー、第2助手が悠長に説明してる間に軽く5分ほど経ちましたよ」
と、第3助手がツッコむと、
「はっ、い、いかん。そういうことは、早く言え!」
と、第2助手は我に返った。
「っていうか、ナレーションじゃなかったのね」
と、第1助手は呆れた。
「とにかく、すぐに、ドアを開けて……」
焦る第2助手。
「1時間経たないとドアは開きません」
冷静さを取り戻しつつある第3助手。
「ぶち破ればいいだろう!」
激高する第1助手。
「それなんですけど……」
第3助手が指をたてる。
「タイマーによると、既に40分以上経っています」
「だから、一刻も早く……」
「もう既に、青酸ガスの発生装置が作動しているかも知れません」
「そうならないために……」
「既に、小部屋の中には、青酸ガスが充満しているかも知れないんですよ」
第1助手と第2助手は、やっと事の重大さに気づいた。
「そんな状態で、ドアを開けたら青酸ガスが研究所内に広がってしまいます」
第3助手に、そう言われるまでもなかった。
「か、換気装置は?」
「着ける訳ないでしょう。使わないはずだったんですから」
「ぼ、防護服は?」
「そもそも、うちの研究では、青酸ガスなんて出ないはずなんですから、ありませんよ」
一時、言葉を失った3人だったが、
「どんな危険があろうと、まだ、助けられるかもしれない博士を見殺しにはできない」
第1助手が、きっぱりといった。
「しかし、死んでいるかも知れない博士のために、新たな死者を出すわけにもいかない」
第2助手は、苦しそうに言った。
「あぁーっ! 中の様子が分かれば……」
第3助手が、歯がゆそうに言った。
「って、それじゃあ、実験にならないし……」
「博士は、今、生きている状態と、死んでいる状態が重なっているのか?」
「って、そんなこと言ってる場合じゃねーよっ!」
「まったく、科学者って奴は……」
「そうだ。博士は猫じゃないんだ! 生きていれば、何か反応してくれるだろう」
今頃、そのことに気付いた3人は、慌てて「シュレーディンガーの小部屋」の前に立った。
 しかし、第1助手がドアを叩こうとしたとき、第2助手が、その腕をガシッと、つかんだ。振り向く第1助手に第2助手は言った。
「もし、今、博士が生きていても、ドアをぶち破った瞬間に、装置が作動したら、我々も死ぬぞ」
「まだ、そんなことを言っているのか。いや、確かに、そうかもしれないが……。しかし、そうでない可能性もある。それに賭けるんだ」
「いや、むやみに、犠牲者を増やすべきではない」
「確かに言えるのは……」
第3助手が、割って入る。
「時間が経てば経つほど、装置が作動する確率は、上がるってことです」
第1助手と第2助手は、視線を交わし、頷きあった。
「私が、1人で入ろう。君たちは、この区画の防護扉を閉めて、外から目張りしてくれ」
第1助手が決意のこもった声で言った。
「分かりました。もしもの時は、私が研究を引き継ぎます」
第2助手は力強く答えた。
「第3助手、いや、山田君」
「はい」
「君は、今、何の研究をしているのだったかな?」
「長塚京三の胸像の鏡像について研究しています」
「そうか……。今すぐ、止めたまえ」
「えーっ! やっと、胸像ができたのに」
「とにかく、後は頼む」

 しかし、3人は気付いていなかった。その瞬間、「シュレーディンガーの小部屋」のカウントダウン・タイマーがゼロになったことに。音もなく開くドア。中から、憔悴しきった博士が、ゆらりと出て来た。そして、かすれた声で言った。
「第4助手、ナレーションの真似は止めなさい」
作品名:狂科学者の密室 作家名:でんでろ3