一夜の逢瀬
夜のしじまに差す一筋の冴え冴えとした月の光です。華麗な美しさではなく、ひっそりと青白く、どこまでもやさしい月の光。
あなたのイメージは、そんなさやけき月明かりの下にたたずむたおやかな姫です。あなたのことを「さやけき月の姫」とお呼びしましょう。
料亭で、座卓をはさんで正面に座ったあなたのイメージは、「さやけき月の姫」にふさわしく、長い黒髪と美しい青白い頬をした平安朝の姫君のイメージです。
どんなに照明が月明かりから程遠いものであっても、あなたの装いがどんなに近代的なものであっても、あなたのイメージはそんな古風な姫君の姿として私の脳裡に何度も蘇ってきます。
私の想いは、届かぬ月に対する想いのように、はかなく、しかし強いものです。
憧憬の対象としては、あまりにも遠く、欲望の対象にするには、あまりにも美しい、そんな姫に私は恋をしました。
まぼろしと呼ぶにはあまりにも現実的で、うつしみというには、あまりにも鮮明に、その女性は、緑の黒髪に、白く、か弱く、細く、美しい姿態をして私の前に座ったのです。
過ぎ去ってみれば、その邂逅は、まるで一夜だけの逢瀬の後のよう。はかなく、たよりなく、漠とした印象しか残しません。
しかし、その白い人の印象だけは、周りから抜け出て、脳裡に鮮明に焼き付けられているのです。
「さやけき月の姫」にもう一度会いたいと思います。あの夢のような、淡い邂逅に憧れ続けています。