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Ribbon

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「なにか足りない、」

彼は余所見しながら思考を巡らす。カーテンの向こう側を眺める横顔。睫毛の長いこと。瞬きがひどくゆっくりとしたものに感じる。なにか言いたげな唇。黒い髪からちらりと覗く耳はきっと俺の言葉を拾っちゃくれない。だからこうして彼を黙って観察するのだ。なにかに頭の中を占領されてる彼はあまりにも無防備で同時に無邪気だ。俺の言葉を受け付けないというならいくらでも眺めてやろうじゃないか。それくらい、いいだろう?邪魔はしないよ。
赤い舌が上唇を滑る。それが彼の合図。なにかいいことを思いついたときのそれ。
一つの結論にたどり着いた彼はこちらに向き直る。観察の時間はもう終わり。

(さあ、何が足りないって?)

「甘いもの、かな」

彼は綺麗に笑ってみせる。今ある甘いものなんてコーヒー用の砂糖くらいのもの。そんなことは彼もきっと百も承知だ。それをわかってて笑うのだ。もとから俺には選択肢なんてなくて、彼が用意した答えが俺のすべて。

「買いに行こうか」

もうすぐ日付が変わる。今日は殆ど終わっていた。暗い夜道。それでも君が満足そうに頷いてくれるなら。少しも悪い気はしない。夜の散歩。なんてロマンチックすぎて笑っちゃうね。コートにマフラー。靴を履いて。さあ、準備はいい?



自動ドア。やるきのない間延びした声に見送られて一人店を出る。コンビニエンスとはよく言ったものだ。こんな時間まで、ご苦労様です。白い息を意識するのとほぼ同時、出口すぐ横、煙草の自販機の裏の影を見つける。ここで待ってると言っていた彼は本当にここにいた。寒いのが嫌いな彼はマフラーに顔を埋めて、両手をコートのポケットの中に突っ込み、白い息を吐きながら店内から漏れる光をうっすらと受けながら立っていた。

「寒かったでしょ」

「寒かった」

ほら、と彼の唇が触れる。かさついたそれは冷たかった。温まるよりも前に離れてしまったのが残念だ。仕方ない、彼はあのことで頭がいっぱいなのだ。

「買ってきてくれた?」

「はい」

白いレジ袋からやたら可愛らしく丁寧な包装の小さな箱を取り出す。いくつか列んでいたなかで一番高かったやつ。それなりのものに見えそうなやつ。つまらない見栄かもしれない。それでもやっぱりそういうものは必要でしょう、こういうときには。

「50円引き」

「あ、でもまあ、どれもそんな感じだよ」

「まあいいや」

彼の指にくっついてたシール。それくらい剥がして置くんだったと後悔しているとそれはいつのまにか肩の辺りに貼られていた。今度は俺が50円引き。あるのかどうかしらないけど俺の価値ダウン。これ買ってくるの結構勇気いったのに。彼は箱の纏ったばら色のリボンと中に入ってるものを連想させる色の包装紙を剥いでいく作業に取り掛かっていた。
何の躊躇いもなしにその指はリボンを解いては、くるくると指に巻いていく。包装紙に手をつけると、多少破けることには気にも留めず剥いでいく。そして包装紙の名残は俺の手へ。ゴミはゴミ箱へ。俺はゴミ箱じゃないよ。すぐそこにあったゴミ箱へレジ袋と50円引きシールを丸めて一緒に放り込む。

箱を開ければそれでおしまい、そこまできたのに彼はその箱を寄越してきた。
それなのに、こんなことを言うのだ。

「ねえ、食べたい」

「どうぞ」

「寒いから手出したくない」

いつの間にか彼の空いた両手はポケットへ。まっすぐな目。長い睫毛。瞬きはやっぱりゆっくりとしたものに感じられる。箱が一度目で上手く開けられなかったのは悴む指のせい、ではないな。

甘い匂いのするそれを一粒つまんで。
彼の上下の唇が離れる、白い歯が覗く、差し出される舌、その上に乗せて。

「…どう?」

「こんな味」

冷たいながらも確かな温度を持ったやわらかいそれ。まもなく舌が触れる。既に溶けかかっている甘い匂いを纏ったかけらが二人分の温度に実体を無くし始め、唾液に混じって拡がる。ひどく甘い。

「…残りは帰ってからね」

うっすら照らされる頬は解いたリボンの色に染まっていた。



帰り道、彼の指のリボンを思い出す。

「リボン、どうするの?」

「記念にとっとくの」

数歩先で彼が立ち止まって振り返る。街灯の下、薄暗い道だけど、見えた。赤い舌が上唇を滑る。彼の合図。とっておきの言葉を発する、合図。

「今日はなんの日か、知ってる?」


(そんなこと、初めから知ってたよ。)


悪戯に笑うのが得意な唇を捕まえて。日付が変わる前にもう一度キスをした。





(10/02/14)
作品名:Ribbon 作家名:MUGi