訥弁ラジオ
「好きという感情は、様々な種類に分別されるのをご存じか?」
「どんなだ?」
仕掛けるために自分から話しかけたくせに、返ってきた言葉に二の句が繋げなくなるなんて愚かにも程がある行為なのだけれど。それに何ら不思議に思わない(気付かない?)彼は私の言葉を今か今かと待っている。ただ、待っている。
「ふむ。たとえば、友愛・敬愛・家族愛・恋愛、などじゃろうな」
「へー色々あんだな」
「まあ、区切り方や基準は人によりけりだが」
「たとえば?」
そんなこと私に聞かないで! 変なこと、難しいこと、嫌なことを聞かれたわけじゃない。彼はたぶん、私なりの区切り方を知りたかったのだろう。そうしないと話が進まないし。
答えにくいことや伝えにくいこと。それをあっさり聞いてくるこの熱血ジャックは、ある意味(私にとって)油断できないタイプなのかもしれない。それを無自覚の内にやっているのだから、なお恐ろしい。
「そうじゃのう……あまり深く考えたことはなかったが、」
「おう」
「自分がどのくらい相手を思っているかどうかで、変わってくる」
「よく分かんねー」
「いつも課題を人任せにしているからそうなるのじゃ」
「いやこの際課題は関係ねぇだろ」
「どうだか」
適当に無難な言葉で繕っただけなのに、真剣に言葉を選んでくれる君。適当な理由、適当なこじつけ、適当な嘘。
正直なところ、私の中でそういうものは『好き』か『苦手』か『どうでもいい』という三室しかない。
嫌いとか憎いとか、そう思う以前にどうでもよくなって殆ど気にならなくなって、いつの間にか忘れてしまう、ただそれだけのこと。
私の中の“好き”は、たった一人にしか適用されないんだ。友愛・親愛・家族愛・レンアイ……その全てをたった一人に捧げ尽くしたって構わないよ。寧ろ、そうしたい。
ああでも、それではただの押し売りだね。君にしたら迷惑この上ないかもしれない。
だから私はずっとそれを言葉に変換しないで、ずっと内側に押し込めて押し込めて押し込めて。いつか爆発して裂けて壊れて、みんな襲いかかってしまうかもれない。なんて。
でも目の前の彼の場合は物凄く単純な思考の持ち主だから、その顔を見ればすぐ微兆に気付けるだろうけど。
「じゃぁ、スピカとオレが持ち合わせてンのは友愛なんだな」
「え」
「だってオレらダチだろ」
(ち が う)
確かに私はクラスメイトで友達というポジションにいる。それは間違いではない。
でも違うの、私が君に向けている友愛だなんて爽やかなものじゃなくて。
もっと深くて深くて深くて深くて深くて強くて強くて強くて濃ゆくて暗くて暗くて暗くて暗くて暗くてとても熱くてどろどろしていて違う違う違う違う違う違う違うんだ違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う全然違う違う違う違う違うんだよ!
友達同士とかそんな違うんだよ綺麗なものなんかじゃ全然なくてもっとね何か別の感情を君に、
「スピカ? すーぴーかーよぅ」
「……ぁ、何じゃ?」
「なんか気分悪そうだけど大丈夫か?」
「あ、ああ、瑣末な問題じゃ」
いつの間にか顔を覗き込んでいたジャックは、申し訳ないくらいに心配そうに声を掛けてくれたけれど、私はもうそれどころじゃなかった。とりあえず何でもないような笑顔を作る。
――言いたいのに云えないこの気持ち。吐き出したい、吐き出せない。伝えたいのに、伝えられない感情(おもい)。こんなにも近くに居るのに、私の意気地なし。
その塊は烏合の衆なって喉の奥をごろごろとのたうち回っている。それを全て無理矢理飲み下した所為で、少し、酸欠に似た目眩を覚えた。
(数えきれない覚えきれないほど同じことを繰り返している)
(私は、それでも君を諦めきれず此処に居座っているんだ)