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短編『夜の糸ぐるま』 7~9

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短編『夜の糸ぐるま』(9)
「男もいろいろ、女もいろいろ」


  
 「それって、島倉千代子の歌でしょう。
 男もいろいろ、女もいろいろ~♪って、
 聞いたことあるもの」

 貞園が、大きな目をクリクリさせながら、
酔った勢いのままあゆみの顔を覗きこんでいます。
うふふ、と笑いながらあゆみも頬を染めたまま、それを出迎えています。



 「だから人生、いろいろなのよ。
 女だってピンからキリで、いろいろとあるわ。
 座繰り糸作家の東さんは真面目だけど、わたしだって
 それに負けないくらい仕事には、真面目に取り組みました。
 でもね、真面目にも、いろいろと種類というものがあるの。
 私の場合は、恋する気持ちが強すぎて、
 殿方に対して気持ちがスト―レート過ぎるのよ。
 ただそれだけの違いだわ」


 「要するにあゆみさんは、
 きわめて敏感でスケベ。だったわけ?」

 「貞園ちゃん。ものの言い方には神経を使って頂戴。
 恋多き女と、言ってほしいわね。
 実際あたしって、すぐにのぼせあがるし、惚れやすい性質なの。
 そのくせ、男運はすこぶる悪いのよ。
 あとになってから、いつでも決まって、
 酷い目に会うもの・・・・」


 「それでも懲りずに、また別の男に惚れるわけでしょう?
 見境もなく、あゆみさんは」


 「お前さんたちは、酔っ払い過ぎだ」



 カウンター越しに康平がたしなめています。
「あら、マスターの機嫌を損ねちゃった・・・・そろそろ帰ろうか?」
あゆみが、ふらりと立ち上がります。
後方へバランスを崩しかけたあゆみを、貞園が
いち早く手を伸ばして支えました。



 「ほらほら、大事な身体じゃないの。気をつけて」

 「そうだった・・・・。
 降ってわいたような事実だもの。まだ実感が無くて、
 母親の自覚がないんだ、あたし。
 ありがとう貞園ちゃん。もう大丈夫」


 「最初はそうだわよ、誰だって。
 お腹の中で育つうちに実感をするんだもの、
 今は無理だわ」

 「あら、経験者みたいな口ぶりだわね。貞園ちゃん・・・・」


 「女にも色々あるけど、
 愛人の暮らし方にだって、色々とある。
 産めるわけがないじゃないの。
 愛人なんかをやっている、私の立場で。
 そう言う意味では・・・・、
 わたしはそちらのほうで前科一犯の、バツいちだ。
 もう、随分と前の、とっておきの内緒話なんだけど。さ」


 「内緒にしておけばいいのに。
 なんでわざわざ暴露なんかするの」

 「あゆみさんには、なにがあっても産んでほしいからよ。
 どういう事情であれ、お腹の赤ちゃんを始末するのは、
 女の本能と良心が後になってから、つくづくと痛みます。
 あたしだって、それくらいのことは解ります・・・・
 わたしもマスターほどではないけれど、
 あゆみさんのファンの一人です。
 応援は、いつでもするわ。
 ・・・・じゃあね、お二人さん。私はお先に失礼します。
 いつまでも居ると、お二人には邪魔だろうし、帰れと言われる前に、
 自分から退散をします。
 といっても、暇な身だから、もう一軒寄ってからですけど。
 じゃあね、お二人さん。
 後は二人で、しんみりとやって頂戴。
 ご馳走さま、マスター。またね、あゆみさん」


 よろめきながら立ちあがった貞園が、戸口で一度、立ち止まります。
軽く二人に向かって手を振ります。
建てつけが悪いはずのガラス戸は、苦もなくするりと開いて、
貞園が路地道へ先へ消えていきます。」


 「呑むかい? もう少し・・・・」


 「どうしょうかな。
 充分に呑んだ気もするし、
 その割にあまり酔ってないし・・・・
 これ以上呑んでも、無駄なのかな、今日は。
 ねぇ。すこし夜道を歩こうか・・・・
 付き合ってくださる?」


 10へつづく