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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ 1

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開ききった門をくぐり、中庭へ進むと奥から使用人が駆け寄ってきた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。試練はいかがでしたか?あの、お嬢様?」
「・・・・」
イオの意気消沈した表情からすべてを読み取ったのだろう、少女の手から荷物を受け取ると、使用人は気まずい沈黙の中イオを自室まで先導する。そして、絨毯や道具をおさめ、飾り窓を開け、部屋を整えると、そそくさと持ち場に戻っていった。
人の気配が去ると、イオは、バタリと寝台に倒れこんだ。
(・・・つかれた)
何もかもが、嫌になり。ぎゅっと目を閉じる。
ちっぽけな自分が、ひどく情けなくて、悔しくて、苦しかった。

眠気はないと思っていたが、ウトウトとしている内に寝入ってしまったのだろう。
気づくと窓の外は薄闇に包まれていた。気の早い一番星が西の空に瞬き、室内にも夜がひそやかに忍び込んでいる。
『灯り』をつけようか、ぼんやり考えていると、足音が聞こえてきた。
人の気配に戸口に目をやると、若い使用人が気遣わしげに声をかける。
「あの、お嬢様。お食事のご用意ができました」
「・・・いま行くわ」
物憂げに答えると、鉛のような体を持ち上げ、軽く衣服を整える。
これから今日最後の仕事が待っている。
父たちに、試練の結果を伝えなくてはならないのだった。

「またか」
イオが結果を告げるやいなや、父、アル・ガニーは落胆の色も見せずに、呟いた。
恰幅のよい体を豪奢な絹でつつみ、首や腕にはいくつも金の装飾をつけている。とくにターバンにつけられたエメラルド額飾りは、ひときわ目をひく装飾で、このネイシャブールでのアル・ガニーの地位を象徴していた。
「仕方ありませんよ、父上。だって姉上の魔法は『灯り』ですよ。『灯り』の魔法で街が守れましょうか。豊かにできましょうか」
そう答えた声は若く、けれど自信にあふれている。アル・ガニーの隣、イオに向かい合うように座る異母弟、ジズのものだった。
「うぅむ。せめてわしや、ジズのように『土』であったなら・・・」
ネイシャブールはオアシス都市だ。わずかな水源を求め、水をひき、栄えてきた街だ。
それゆえ豊かな水源を可能にする『水』、大地に語りかけ恵みをもらたす『土』、そして天候を左右する『風』の魔法がとくに重宝されていた。
「あなた、それはイオに酷というものですわ。もって生まれた素質はどうしようもありませんもの」
ほほほ、と美しい声で笑う義母も、控えめな態度を保っているものの、息子ジズの誇らしさを隠そうともしない。
イオの母である、モニールは五年前にはやり病でこの世を去り、今は屋敷の主である父のアル・ガニーと、第二夫人のファラフ、彼女が産んだ異母弟ジズ、そしてイオの四人で暮らしているのだった。
「それより父上、今日このネイシャブールに隊商(キャラバン)が到着したそうですね。明日バザールに特別に市がたつとか」
「まったく、耳が早いな、ジズよ」
「ぼくも見てみたいなぁ。ねぇ、行ってもいいでしょう?父上」
「ふむ、まあ、見聞を広めるためにはいいかもしれん」
「やったぁ」
「あらあら、あなたはジズに甘いこと」
料理の味も何もなかった。砂を噛む思いでようやっと料理を飲み込むと、イオは静かに席を立ち、自室へ戻っていった。
「お先に失礼します」
イオの背には、年相応にはしゃぐジズと、そんな彼を愛おしげに見つめる両親の姿があった。

―――暗い。
自室にもどってみれば、部屋はすっかり闇につつまれていた。
使用人たちは、イオがまだ食事をとっていると思ったのだろう、部屋の燭台には灯りはなく、ただ切り取ったような静けさと、夜に満ちている。
すぅ、と息を吸い、イオは意識を集中する。
すると少女の体が淡い光に包まれた。燐光は次第にあつまり、形を成していく。
「淡き星の瞬きよ、集いて我を照らせ」
そしてイオが力ある言葉をつぶやくと、次の瞬間、少女のまわりにいくつもの光の玉が現れた。光はふわふわと浮遊し、イオのそばを舞うように飛ぶ。まるで、子猫がじゃれつくように、イオが動けばその後につき、部屋をほのかに照らす。
―――――これがイオの魔法。灯りの魔法だった。
ぼんやりと浮かび上がる室内を進み、イオは寝台に腰掛ける。
(なぜ、わたしは『灯りの魔女』なんだろう。せめて『光』ならよかったのに・・・)
悪しきものを退け、邪なるものを清め、闇を払う、光の魔法だったなら。
どれほど誇らしかったか。試練に落ちることもなかっただろう、街の役にも立つ、そして何より、父もイオを見てくれたはずなのだ。
すぐわきの飾り窓にもたれると、イオは夜空を見上げて嘆息する。
少女の気持ちなどお構いなしに、濃紺の夜空には星々がうつくしく輝いている。
ふわふわと、そばを浮遊する灯りを指でつついてみる。ぼんやりと明るいその光は、触れるとほのかにあたたかい気がする。
「母さま・・・」
切なさに呟けば、薄闇に懐かしい声がよみがえる。
『わたしは、イオの魔法が好きよ。あなたの魔法はあたたかい、やさしい魔法ね』
そう答えてくれた声も今はなく。
イオはため息をつくと、堅い寝床に潜り込み、体を丸め小さくなると、ぎゅっと目をとじ、眠りについた。

星が静かに瞬き、砂漠の夜はふけていく。