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The El Andile Vision 第4章 Ep. 3

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第4章「転変」---Episode.3 予期せぬ再会



「おい、イサ!どうした?」
 レトウの声に、イサスは不意に我に返った。
(……俺……は……?)
 ――一体どうしたのか、と慌てて周囲に視線を動かす。
 先程までの出来事が嘘のように、周りの風景はまた元通り、あの暗い地下通路の中に戻っている。
 彼は呆気にとられたように、その場に立ち尽くした。
 ――夢でも見ていたのだろうか……。そんな、馬鹿な……?
 夢にしては、あまりに鮮明すぎる。
 それに、この体全体を覆う何ともいえぬ気だるさは、どうだろうか。
 決してこれは、傷のせいばかりではない。
 頭が重い。
 全身の筋肉が、突然変異でも起こしてしまったかのように、妙につっぱっている。
 体を動かすと、まるで自分のものではないかのような奇妙な感覚がある。
「イサ!おまえ、大丈夫か?」
 レトウが背後から、彼の肩に手を置いた。
 その暖かい人の手の感触に、イサスはようやく振り向いた。
「レトウ……?」
 その目が少し放心したように、ぼんやりしているのを見て、レトウは思わず呆れたように声を高めた。
「……おいおい、しっかりしてくれよ。どうしちまったっていうんだ?
 急に立ち止まったかと思うと、何度呼んでも返事もしねえし……。
 さっきのおまえの言い方じゃ、まるきり敵がきたって風にしか聞こえなかったがな。
 お陰でこっちは、すっかり肝を冷やしちまったんだぜ……!」
「俺は……ずっと、ここにいたのか……?」
 イサスは訳がわからず、尋ねた。
 レトウはあんぐりと口を開けた。
「何言ってんだ、おまえ……?なんか、ずっとどっかに行ってたみてえな言い草だが……」
「違う……のか?」
 イサスは、混乱していた。
 ――一体、何がどうなっている……?
 まさか――全てが幻だったとでもいうのか。
 そして、実際には自分はずっとこの場にいて、ただ意識だけが一瞬どこかへ飛んでしまっていたのだとでもいうのだろうか……?
 いや、そうではない。
 そんなはずはない。
 彼は一時、確かにあの空間の中に存在していた。
 そして、『あの空間』は、人間の目に触れうる空間ではなかった。
 通常とは異なる空間に迷い込んでいた、その空白の時間が必ずあるはずだ。
 なのに、レトウの言うことを聞いている限りでは、自分はここから全く動いていなかったらしい。
 そんな僅かな時間経過の中で、彼は異次元空間へ飛び、あれだけの体験をしてきたというのか。
 そんなことが、あり得るのだろうか。
「イサ……おまえ、何か顔色が悪いぜ。傷が痛むのか?」
 レトウが急に心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「……いや、大丈夫だ。それより――もう一度聞くが、俺はさっきから、ずっとここにいたんだな?」
 それを聞いて、レトウはまた変な顔をした。
「ああ、おまえ、さっき俺に『下がれ!』って怒鳴っただろうが。あれから、まだ五分とたっちゃいねえぜ」
 イサスは黙り込んだ。
 自分の気が狂ってしまったのでなければ、何らかの人知を超えた力が働いたのだとしか考えられない。
 いや、それともやはり、自分の錯覚……だったのか。
 答えの出ない問いがぐるぐる頭の中を回っていく。
 そんなイサスを不審気に見る一方で、レトウは素早く現実に目を戻した。
「とにかく、何もないんなら、先を急ごうぜ。俺たちが逃げ出したことがわかったら、まず一騒ぎ起こってるはずだからな。面倒からは少しでも早く遠ざかった方がいい」
 きびきびとしたレトウの口調に、イサスもしばし考えを中断し、頷いた。
「ああ、行こう。だが、やっぱりおまえが先を行ってくれ。俺は何だか……」
 そこまで言って、イサスは不意に言葉を途切れさせた。
 その先を何と説明したらよいのか、わからなかったのだ。
 今の自分を支配するこの奇妙な常ならぬ感覚……それはあまりにも現実感を伴わない、漠然とした曖昧さを含んでいた。
 ――またか。
 レトウは眉をひそめた。
(本当に、どうしちまったんだ。こいつは……。俺の知っているイサス・ライヴァーとはまるで違う……全く、らしくねえぜ……こっちの調子まで狂っちまう!)
 しかし、レトウは敢えてその思いを胸にしまいこんだ。
 とにかく今ここでそんなことを嘆いていても仕方がない。
 彼は黙って先頭に移動した。
 再び、手早く蝋燭を灯す。
 微かな灯りが暗い通路をぼんやりと照らし出し、彼らの行く先を示した。
 それからは、二人は地図を頼りに、ただ黙々と通路を進んで行った。

            *     *     *     *     *

 ……そうして、どのくらいの時間、地下通路を紆余曲折していったことか。
 やがて、ようやくレトウは目的の場所への出入り口を見出したようだった。
 何度目かの分岐路を曲がっていく通路が次第に細く狭まっていき、彼らの前はついに行き止まりとなった。
 しかし、よく見ると、一見壁と同化しているようであったが、そこには石の扉が隠れていた。
「どうやら、ここだぜ。俺が間違えてなきゃな……」
 しかし、言葉とは裏腹に、彼は自信ありげにその扉の下にある窪みに鍵を差し込んだ。
 鍵が反転すると、数秒置いて、石扉が重く軋むような音を狭い通路いっぱいに響かせながら、ゆっくりと横へ移動し始めた。
 その扉の向こうに、ぽっかりと開いた薄暗い空間が見えた。
「……おい、待てよ。おまえ、ここがどこかわかっているのか」
 さっさと中へ入って行こうとするレトウに対して、イサスが訝しげに問いかけた。
 レトウは一瞬足を止めたが、にやりと笑ってイサスに頷いてみせた。
「ああ、わかってるさ。おまえもここがどこかわかりゃあ、驚くかもな!」
「……驚く……?」
「まあ、とにかく入れよ!」
 レトウがイサスの体を引っ張って中へ入れた。
 二人が中へ入ると、レトウは再び内側から鍵を操作し、壁は元通りに閉まった。
 内側から見ると、扉は全くそれとはわからず、完全に壁の一部となっている。
 もはやどこに扉が存在しているのかはわからなくなっていた。
 ひんやりとした薄暗い室内……ぷんと全体的にどこか生臭い匂いが充満している。
 レトウの持つ蝋燭の残り僅かな光がかろうじて照らし出すものを見る限り、どうもこの部屋は食料の地下貯蔵庫になっているようだ。
 小麦の入った大きな麻袋や、野菜の入った大きな籠が隅に幾つも積み上げられている。
 また、天井からは、絞められた家禽が何羽かぶら下がっているのが見えた。
 レトウは床を横切り、反対側から上へ続く階段を指し示した。
 彼は手燭を消した。
 闇が辺りを覆う。
 イサスは黙って、彼の後について階段を上がった。
 扉は跳ね上げ戸になっている。
 レトウが頭の上の戸を、そっと押し上げると、途端に薄光が流れ込んでくる。
 屋内の薄明かりであるとはいえ、長い間暗い場所に慣れた目には、それでも十分に眩しいくらいの光の量だった。
 そこはやはり小さな食料部屋のようになっていた。
 しかし、どこかで見たような覚えのある場所である。
 イサスは、首を傾げた。
 ここは……まさか――?
 そんなイサスの戸惑いを見て、すかさずレトウがにやりと笑った。