桜舞う日の幻想
ーーその時確かに、彼女は私の方を見て意味ありげに笑ったのだ。
そろそろ桜は盛りを過ぎていたかもしれない。
風が吹くたび、桜の花びらが舞い散る。見事なほどだった。
その日、私はバス停で大学にむかうバスを待っていた。
大学では、民俗学を勉強している。民間伝承なんかに興味があったから。
民間に伝わる不思議な超常現象、妖精や妖怪なんかにも興味を持っていた。
ここ千年の古都で、そんな勉強ができる私はとてもラッキーだと自分でも思っていた。
バス停には、5~6歳くらいの双子の女の子をつれた若い母親がバスを待っていた。
小さな双子は、いっときも落ち着くことなくバス停のまわりを走り回り、母親はそのたびに双子をたしなめていた。
このバス停は大通りに面している。歩道もとても幅広くとってある。ベンチなんかも一応置いてあるけれど、そのベンチは車道との境界ギリギリの所に設置されていた。落ち着きのない小さな子どもなんかがあそこに座ったら、結構危険かもしれない、とひそかに思っていた。
バスが近づいてきた。
双子は何時の間にかベンチに座っていた。そして、車道に身を乗り出すようにして、ベンチの上でふざけている。
危ない!
一瞬、目を疑った。
双子の一人が車道に転がり落ちた。手をつないでいたのか、つられてもう一人も転がり落ちる。
バスが近づく。
ブレーキの音。
でも間に合わない。
私は思わず両目をきつく閉じた。
そして、次に続くであろう衝撃音や悲鳴に備えた。
けれど、何も聞こえない。ただ、恐ろしいほどの、静寂。
私は恐る恐る目を開けた。
風が吹く。桜が舞う。
世界に音が戻ってきた。
子供の笑い声が聞こえる…え!?子供の笑い声!?
驚いた私の目に飛び込んできたのは、さっきと同じ、ベンチの上でふざけている双子。
母親が、双子に近づく。
「ほら、バスが来るわよ。危ないからおとなしく座っていて。」
バスが近づく。
さっき、双子に襲い掛かろうとしたバス。
さっきと同じ運転手。
さっきは恐怖にゆがんでいた顔が、今は穏やかに微笑んでいる。
一体、何が起こったんだろう…?
呆然とする私の視界に、あの母親が映った。
彼女は、桜吹雪の下で微笑む。
その時確かに、彼女は私の方を見て意味ありげに笑ったのだ。
そして。
「見ちゃったの?」
桜吹雪を背景にして、婉然と微笑む彼女の額に奇妙な角のようなものが生えているのに気付いたのは、その時だった。