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短編『夜の糸ぐるま』 4~6

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短編『夜の糸ぐるま』(5)
「DVと、座繰り糸」



 DV。
「ドメスティック・バイオレンス」とは、同居関係にある配偶者や
内縁関係の間で起こる家庭内暴力のことを意味しています。

 しかし多くの場合が、傷害事件としては扱われません。
秘密裏に進行するケースなども多く、また加害者が近親関係にあることから
公にしたくないという独特の思惑などがあるようです。
貧富や人種や文化の違いなどにもかかわりなく、また平和なときでも、
あるいは紛争のときでも、国家や地域社会、そして家庭の中で、
女性たちは、絶えず差別と暴力に直面をしています。



 「数字で知る女性への暴力」という、ある報告書によれば・・・・


 少なくとも3人に一人の女性が、一生のうちに殴られ、
セックスを強要され、または、虐待を受けていると書かれています。
毎年、数百万人におよぶ女性たちが、パートナーや親戚、友人、
見知らぬ人間、仕事の雇用者や同僚、兵士や武装勢力などによって、
強かんされています。



 「私の場合は、そんなに大それた問題ではありません」



 熱燗を手にしたあゆみが、
貞園と目を合わせて『乾杯』の合図をします。
微妙にほほ笑み返した貞園が、軽くグラスを持ちあげて、
あゆみの其れに応えてから、カウンター内に居るマスターの康平へ、
助けを求めるような視線を向けます。
つられたあゆみが、くるりと身体の向きを変え、同じように、
カウンター内の康平を見つめています。


 「おっ。美女二人からの、
 訴えかけるような熱い眼差しだな・・・・
 悪いが、俺は、DVに関しては、ノーコメントだ。
 長い人生を送ってきたが、いまだに女を叩いた事もないが、
 逆に、叩かれたこともない。
 俺の身は潔白だが、同時に味気もない」


 「マスター。
 DVは、直接の暴力だけでなく、
 相手を無言のうちに制圧をして、
 好まないことを無理に強要することも、
 形のない『暴力』に相当をするのよ。
 本当に無いの?、身に覚えはないの?。」


 「貞園。
 ムキになって痛くもない俺の腹を探るなよ。
 俺にも、ささやかながらプライバシーが、ある」


 「その、ささやかな
 プライバシーを踏みにじるものが、
 女性への暴力でDVなの。
 女だって同じ人間だし、
 おなじ痛みも悲しみも持っているんだから・・・・」

 「貞園ちゃん。私のことで、それ以上はもめないで。
 暴力亭主とは知らずに、所帯を持った私が悪いんだもの。
 座繰り糸の作家を目指していたころには、
 見えなかった彼の本性なの。
 実際、つき合っている頃の彼は、
 とても優しかったもの・・・・」


 「座繰り糸作家?
 機械化される前に使われていたと言う上州座繰り器の、
 あの座繰り糸のことかい」


 グラスを磨いていた、康平の手が止まります。
あゆみの隣で聞いている貞園には、その『座繰り器』の
言葉の意味さえわかりません。
呆気にとられている貞園の眼が、あゆみと康平の間を
往復しながら泳いでいます。



 「私は、もともとは
 グラフィックデザインの仕事をしていたの。
 でも都会の生活が合わなくて、数年で群馬にもどってきました。
 なにか、群馬ならではの仕事がしたいと思っていた時に、
 たまたま京都から生糸の勉強のために群馬へやってきた、
 座繰り糸作家の東(あずま)さんと、
 安中市で、偶然に行き会いました。
 それが、私の生糸修業のはじまりです」


 「あら、最初から、
 歌手じゃなかったのね。あゆみさんって」


 「東さんと会って、
 座繰り糸の修業が始まったのは6年前のことです。
 毎日の出来事などをノートに書き留めるようになり、
 そのうちに短いコメントや
 詩なども、暇を見ては書くようになりました。
 その詩を読んだ東さんから、私には、作詞の才能があり、
 歌手としての素質も有ると、指摘をしてくれました。
 でもそれを、詳しく話すと、
 とても長い話になりますが・・・」


 「喜んで聞くわよ。わたし、
 今夜も明日もとっても暇だもの」

 貞園がカウンターに頬ひじをついて、
グラスをカラカラと鳴らしながら、何故か嬉しそうに、
康平の顔を見上げています。