接近
そもそも恋愛もだんだん価値が損なわれて来つつある。女の子となかなかしゃべれないから(洋の東西を問わず)恋愛ってドキドキしたんだろうと思う。イスラム圏じゃまだ恋愛の価値があるんじゃなかろうか。向こうじゃ女性は肌も髪も隠し、なかなか親族以外の男と接触しないらしいし。
女子が男子と活発に話していたら、ドキドキする恋愛が生まれる前に、普通の友人関係になるだろう。恋愛するのがバカバカしくなるような。だから、誰が好きとかも、まあちょっとかわいくて云々な世界であるわけで。
だからテレビって取り残されてる。芸能人はみんな「男女間の友人関係なんて有り得ない」と主張するが、それは男女が別れて仲良くなる時代の名残だ。今でもそこまで近しい訳じゃないが、それでも確実に性差の捉え方は変わっている。
それでも、僕はドキドキしたんだ。
近づきたくなる、それはそういう女の子だったから。恥ずかしがり屋さんで、だから近づくためにこっちも苦労した。でも、ドキドキしすぎて、とっちらかっていて、それで相手に拒絶されて、そして周囲からバカにされた。
「或府くんよ、まあこんなことも経験かもよ」
「経験って何だよ」
「まじめな恋愛って確かに出来ないもんなぁ…でもよ、そりゃやめとくべきだぜ」
「はぁ?」
「まじめな恋愛なんてよ、安定もしないし、社会生活なんかにゃじゃまなだけだ」
岩馬は手を振る。
「辺多ちゃんはかわいいかもなぁ、でもって話しかけることも出来ないもんなぁ」
岩馬は周りを一度見回して続ける。
「でも、はなしたことない奴をクラスメートなのに拒絶するような女の子が近所付き合いなんざできるわきゃないっての」
結局、そうだ。でもそれで安全牌をとるのか?
「出田ちゃんみたいなはきはき話せる子のほうが将来は安心だぜ?子供もいじめられないだろうし、しっかりみんな幸せな家庭生活送れるだろうさ。どうよ」
自分のパートナーを引き合いに出して岩馬は語る。
「だから、さ」
不意に岩馬はクラスの外に出て、ドア付近にいた女の子を引き連れてきた。
「こんな子は死んじゃえばいいのさ」
そしてポケットから、ダンボールカッターを取り出す。
「社会システムに乗れない子はダメだろうがよぉ」
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だが、ダンボールカッターが突き刺したのは岩馬だった。
「或府くん…それでも君は当たって砕けるのかい」
僕がダンボールカッターを持っている。そして、自分を拒絶した女の子を左手に抱えている。
「当たって砕けろってのは本当に砕けるんだ。成功なんてない。それでもいいんだね、或府くん」
僕は勢いをつけてダンボールカッターを垂直に落とす。まっすぐに鳩尾にささる。
「…君と天国かどっかで再会したら、親友として慰めてやるよ。だからいったろ、ってね」
僕は何も言わずに女の子を連れて教室を出た。