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打算的になりきれなかった一週間

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第七章 宣戦布告

 

夜は興奮して眠れなかった。こうしている間にもまた書き込みがあるかも知れない。
それが怖くて。一睡も出来なかった。私の携帯はパケホーダイになっていない。
あまりメールが好きじゃないのだ。だから裏掲示板にアクセスして確認する
事も出来なくて、たたらを踏む。
朝、ふらふらになって登校すると、唯が出迎えてくれた。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
「夕べ眠れなかったから……唯」
私は唯を見る。いつも気遣ってくれる、私の友達。
「私、悔しいよ……」
本音だった。何故あんなところで悪口を書かれなければならない? 何もしていないのに。
「武蔵小路さんにまた相談してみる? それとも……別れちゃう?」
「?」
「中多君に関わらなければ済む話じゃない。もう別れなよ。だいいち
打算的な女なんて、裕美には似合わないよ」
真面目な顔で唯は言う。それもそうだ。だが。
「負けたくないの」
「裕美……」
私は、あの女に負けた。父は私たちを捨てて別の女に走った。若くもきれいでもない
平凡な女。それなのに、負けた。彼女が誰よりも強く頭が良かったからに違いない。
だからもう、二度と負けたくない。もうあんな惨めな思いはしたくない。
それに……私がここで引いたら、翔大は自分の人生を何もかも諦める。そんな
気がする。勘だけど。
私は無理をして笑う。
「ごめんね、朝っぱらから弱音吐いちゃって。契約は続行するわ。
こんなのに負けてらんない!」
唯は私を案じるようにそっと胸の前で手を重ねた。


その日は土曜日だった。一階にある部室から、楽しそうにしゃべりながら下校する
生徒達の姿が見える。私と翔大は温かな日差しにカーテンを引いて、彼の携帯を
覗き込んだ。
「これ、見て。一件だけ坂口先輩を攻撃する書き込みがある」
誰がやったのか、その書き込みは坂口艶子が私を攻撃する主犯だと書かれてあった。
理由は嫉妬という名の私怨であることも。
「言っておくけど、私じゃないから」
唯が手を上げる。私は言った。
「誰も唯だなんて言ってないよ。もしかしたら仲間割れかも」
「犯人捜し……やってもしょうがないでしょ……ネットなんだし……」
たどたどしい武蔵小路さんの言葉。「だから……見ちゃダメなの……
傷つくばかり……何も出来やしない……」
「いや、そんなことは無いだろ。少なくとも私怨だと言うことが広まれば
裕美が積極的に叩かれることはなくなる」
とは翔大の弁。まあ、それはそうだろう。
「書きこんでみよっかな……」
携帯を見つめる。指が動いた。
「やめなよ。自分まで同類に堕ちてどうするの」
本気で叱る。翔大は不思議そうに私を見た。
「私は負けないんだから。こんな卑怯な奴らに負けてたまるもんですか」
「じゃあ、さ」
翔大はこちらの心を見透かすような、澄んだ瞳で言う。「宣戦布告、する?」
「え?」
「このまま別れるのも良いけどさ、挑発してボロを出させるのも手だと思うんだ。
俺も変な女に青春潰されるのはご免だし。裕美が協力してくれるなら、
出来るんだけど。ただ……さらに攻撃が酷くなる危険性もあるから、
それは覚悟しておいて」
翔大の声は、低く、あまりにも真摯だった。
「良いわ。やる」
「裕美!」
唯の制止を聞かず、私はまっすぐに翔大を見て、にやりと笑んだ。


「これって結構恥ずかしいわね」
「そうだな」
私と翔大は手を繋いで校舎を出た。数人の女の子達が振り返る。
翔大は細いのに、手のひらは大きく逞しくて、男を感じさせた。温かな
手のひらが、繋いでいる内にしっとり汗ばんでくる。
桜の木の下を、手を繋いで仲良く下校する男女。どこをどう見てもカップルだ。
「噂になるわね」
「イヤだった?」
「まさか。イヤならOKしないわ。私、あなたと違って優柔不断じゃないの」
「きっついなぁ」
おい、中多ぁ、と男子が声をかけてくる。お前いつから岡村と付き合ってたんだ?
「3日前からだよ」
言って私の手のひらをぎゅっと握りしめる。私も握り返した。
そうするのが礼儀のような気がしたから。