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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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三夢神

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『三夢神(さんゆめかみ)』

女が三人訪ねてきた。そのうち二人はニコニコと笑顔が見えたが、一人は玄関で俯いたままじっとしていた。声が聞こえないのはわたしが耳になにかが詰まっているのかと思ったが、それは勘違いで、三人それぞれ口は動いていたが音は出していなかった。
「花見に行きたい」という意思が感じられた気がしたので、わたしが「はなみ」と云うと二人は笑顔が増し、一人は大きくお辞儀をした。

柔らかい手が四本伸びてきた。わたしの腕を掴み、背中に手を回し、足を引き寄せた。Tシャツ一枚と古びたズボン姿だったので後ろを不意に向いて上着を取ろうとしたら、俯いた女がその手を払った。どうしてと思い振り返ると暖かそうな毛布を持っていた。そういうことか。この間に四本の手はわたしに紐靴を履かせ、外れていたベルトを締め、奥の間にあった銭の入ったカバンをわたしの肩にかけていた。どうしても行きたいのかと思った。

二人の女は対になって歩いていた。顔や姿を捉えようとすればするほどぼけてしまうのでその特徴が分からない。全く双子のようにも見えた。もう一人は髪の毛のような帽子を被って、雪国の雪ん子みたいな服装だった。顔はやはり黒髪で隠れて見えなかった。三人に挟まれるように歩いた。風景がいつもと違うことに気が付いたのはしばらくしてからだった。それは季節が変わったからか、昨日まであった店が潰れて新しいビルが立っているとか、空き地が増えたとかそういう類のものだ。決して異界に連れて来られた訳ではないことを知りながら平地をなぜか坂道を上がり下りする感覚で歩いていた。

「おでん」「おでん」と聞こえてきた。花見の御馳走のことかと道端でおでんを買うことにした。おでん屋のおやじはどうみてもおばさんにしか見えないが、二人の女に「おじさんはね、おじさんはね」と自分の昔話をしていた。はんぺん、シラタキ、がんもどき、たまご、ちくわぶ、だいこん、ウインナー、なんでも入れたし、入れた鍋も一緒に売ってくれた。これで儲かるのですかと質問すると、売るために作っているんじゃねえや金返すと言い、渡した銭を投げつけられた。二人の女は笑い、一人の女が銭を丁寧に拾ってわたしのカバンに入れた。学校の先生かと思った。

「はな」「はな」と今度は聞こえてきた。「はな?」と聞き返すと、花も買わないとないということだった。ああ、そういう花見かと花屋へと向かった。わたしの知る限り花屋はこの辺りにないので、遠いけれどいいのかなと云うとまた二人は笑い、細長く大きなガラスの花瓶を突き付けてきた。道端の花でも摘んでいくのかと思ったとき、自転車に花を載せた花屋が前方から現れた。「お花ください」。花屋青年は白い紙で包んだ花束を綺麗に剥がして、花瓶に活けてくれた。「自己流です」とその花屋はいうと、お金も受け取らず去っていった。おそらくそういう芸術家だと思った。二人の女は花瓶を持ちながら笑い、一人の女は残された紙を拾い、丁寧に畳んでわたしのカバンに入れた。その時小さな声で、人生は花、と聞こえた気がしたが、きっと気のせいだと思った。

時は昼の前あたりか、太陽と影の関係がちょうど良い具合のとき、ひらけた草原に出た。海原のような草原だった。二人の女は花瓶を立て、おでんの鍋を横に置いて、なんとなく車座に座った。しまった、飲み物がない。これはしくじったと三人にねえと声をかけた時、雪ん子が自分の四角い函のようなカバンから白い小瓶を出した。袈裟がけしたカバンに今まで気が付かなかったが、よく見れば函カバンに文字が書いてあった。「薬箱」と。二人の女は声にならない声で大きく笑う。わたしが小瓶を持って、これはアルコールですか薬ですか、と訊くと、それは人それぞれですと書かれた処方箋を渡された。

花を見ながら飲んだ。これが薬でもお酒でもまたは他のものであっても、花を前に飲まない訳にはいかないとわたしは思った。おでんも食べた。女たちもそれなりに飲んで食べていた。二人の女が上着を脱いだ。すると真っ白いTシャツに、太目の筆文字で「書道」とプリントしてあった。これはアジアのバッタ屋で買ったんだ。またはお土産にもらったんだと思った。わたしたち四人は太陽のもと、花を眺めながら、おでんを肴に、飲み、時を過ごしていた。少しずつ酔いがまわったのか、わたしもいつしか笑うことを自然にできた。しかしゆっくりと、確実に時は風のように流れた。蕾だった花が咲いて散るのを見ながら飲んだ。その速さに驚きもせず。咲いていた花弁は音もなく落ちて、茎は茶色く萎び枯れ腐り、腐臭をもって草の上で横になった。美しいのは三人の女たちだけだった。わたしは自分が小さくなっていくような気持ちになった。それとも周りが肥大したのか。

眠くなったので、少し眠りますと三人告げた。陽射しがまともに当たるので雪ん子の座った蔭で横になった。数を数える間もなく眠りについた。これはやはり夢というものなのか。夢というのはどこまでのことをいうのか。眠りの中で眠って、そのまた眠りの中で眠る。合わせ鏡の中で見る夢はどこまで行くのか。夢の中、わたしは雪ん子と喫茶店で話をしていた。その時はもう雪ん子は普通の姿の女の子だった。普通に珈琲を飲み、本や音楽や、自分の昔話や彼女の友達の話を聞いたり、話したりしていた。ああ、これも夢みたいだなと思いながら曇りガラスに射す陽射しを見つめて、軽い吐息を吐き、それでねと彼女のほうに向いたとき、目の前には雪ん子がいた。いつものように俯いたまま。言葉を失ったわたしに彼女は薬函のカバンから一粒の赤い錠剤を出してテーブルに置いた。人差し指でその錠剤を指しているので、顔を近づけ、よく見るとそこに米粒ぐらいの文字が書いてあった。「し」とひらがなで書いてあった。これは何ですかと訊くがなにも答えない。これは夢ですかと訊いてもなにも答えない。この「し」とは「死」ということ?と訊いてもなにも答えない。

わたしはしばらく黙って、赤い珠を見つめていた。喫茶店のBGMが切ないトランペットに変わった。残り少ない珈琲にわたしはその珠を入れ、一気に飲んだ。これで死ぬのなら死ねばいい。夢の中で死ぬということも魅力的だと。またしてもしばらく黙った。しかし変化はなかった。それはただの薬だった。いや薬でもなかったのか。そのうちに目が覚めた。どの目が覚めたのか分からないが、覚めたと思った。わたしはいまどこにもいない。どこにもいないが、覚めている自分は確かにいるのだと思った。ほかのことはもうなにも見えなくなり、聞こえなくなった。そしてまた眠ろうと思った。

                                                (了)
作品名:三夢神 作家名:佐崎 三郎