腰の重すぎるタイヤ
シロ(略したら犬みたいな名前になった)が寝ている。
くぅくぅと、気持ち良さそうに眠っていらっしゃる。
時時、意味不明な寝言をぼそぼそこぼしたりなんかして。
『うるさい』
くぐもった声で手を払っているから、きっと変な夢を見ているんだと思う。
『うぅ』
唸って、またすやすや気持ち良さそうに眠り続けていらっしゃる。
私の膝を枕にして、完全熟睡モードだ。
「シロ。もう三十分経ったぞ」
「あと、さんじゅっ、ぷん」
「それで最後じゃぞ」
返事はかえってなかった。聞こえるのは、相変わらず気持ち良さそうな寝息だけ。
確かに、今日は朝から晴れていて、その上ぽかぽかしているのだから絶好のお昼寝日和だろう。
だからといって、どうして私を枕代わりにして寝ているんだろう。枕代わりになるものは、この部屋にはあちこち転がっているというのに。
どうしてよりにもよって私の、膝の上なのか。
(ふわっふわ)
きらりと光に透ける髪は子犬の体毛のように柔らかくて、撫でればくすぐったそうに身を捩って、それでも起きない。
くぃと少し髪の一房を引っ張れば少しだけ顔を歪めたけど、それでも起きない。
「シロ」
すこぅしだけ、声を低くして名前を呼んでみた。それでも起きない。
髪に触れていた手を頬に移動させて、腫れものに触れるように指で撫でてみる。
まろい輪郭をなぞるように撫でてもみた。行き着いた先は、少しだけ開いている口元。
中指と人差し指でその唇に挟み込むように触れて、自分の唇と合わせる。
(かんせつ、きす)
自然と笑みが浮かぶ。いつも、彼に触れるとこうなる。
楽しいのか嬉しいのか悲しいのか虚しいのか、それすら分からない感情の渦が、
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、
回る。
きっとこのまま、それこそまるで恋人達が交わすようなフレンチキスをしても、彼はきっと。起きるどころか全然気付かないのだろう。
知らないまま、その時間が始まって終わる。私の記憶のみ刻まれて、彼の記憶には刻まれることはない。
ゆっくりと顔を近づける。ゆっくりゆっくり、まるで壊れた映写機のように。
ゆっくりゆっくり、まるで砂時計の砂が下に落ちていくように。ゆっくりゆっくり、ゆっくり。
檜色の髪が頬に触れた。(心臓が、つぶれそう)でもそれ以上近づくことは出来なかった。
「ん、ぅ」
「…………」
「神風?」
「…………」
「顔、近いんだけど」
「何かあった?」
不思議そうに問い掛けてきた鈍感少年の頭を、つい。(何かの)条件反射で突き飛ばしてしまった。
その衝撃に忠実に従って、床にごろんと転がったシロ。思いきり頭を打ちつけたらしく頭を抱えながら、故に上目遣い。
しかも涙目でそれでも、不思議そうに不思議そうに不思議そうに。(怒っても良いのに)
「……風邪でもひいた?」
気味が悪いくらい顔が赤くなっているだろう私を見て見当違いなことを聞いて、
「あーよく寝た」
ひと伸びして呑気なことを言ってそれから君は、
「今日もいい天気だ」
本当、笑えるくらい見当違いなことを宣ってくれて、とてもとても綺麗な笑顔を浮かべるんだ。