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まきには、世間から少し異常と思われる節がある。彼女が関心を抱いた対象に、過剰に接触しようとする。アイドルに対し少しばかり、行き過ぎた熱狂的なファンの性質といっていいものが、彼女にはある。多くのものは、彼女を理解しない。煙たがるか、嫌悪感を抱えるだろう。まきは繊細でもあったので、そういう人に会えば、傷つくことがほぼ確実に起こった。(例外として、嫌悪感を表にださない人なら問題は無い。)
そして親友がいた。洋子という親友はまきの激しい感情を落ち着かせ、心を癒すことができた。洋子は鋭く包容力を持っていた。彼女も一年前は相当感受性が強かったが今は力強さを帯びていた。ただ一年前のノイズは受け継いでいた、というよりも、繊細な一面もまだある。
春の昼ごろ、まきは太った男を凝視した。見つめられる彼は丸々ではなくのっぺりとした太り方をしている。まきには背を向け空を見上げている。まきは抱きつきたくなった。彼女は太った人間が好きだ。人間性がどうあれ、太った者の普遍的で、オーソドックスな雰囲気を彼女は好んでいる。ぽかぽかと穏やかで、アニメ調の熊ともいうべき、ほのぼのとした、やさしく包容力のありそうな雰囲気に彼女は惹かれた。
悪く言えば、大きなぬいぐるみだ。善く言えば幼子を守る親だ。そういうイメージを彼女は抱いていた。
まきは、道路に立つ男を凝視する。感情が昂ぶり、吹き荒ぶ中で、衝動を抑えようとした。しかし歯止めが効かないほど大きく、結局ジレンマの淵に立たされることになった。洋子はそっとまきの方に手を置いた。
「ちょっと、まき」と呼びかける。声は柔らかく、自然な暖かみと広がりを帯びていた。
まきは呼ばれて、周囲の複数の視線に気づいた。洋子が次の言葉をかける前にまきは視線を意識した。彼らの目が向けられている。名も知らず、素性も全く知らないがゆえまきの予測は負の方向に導かれる。
今私の顔変だったかな。おかしかったかな。私って変なのかな・・・・・・・と耳障りでグレーのノイズが心に響き渡る。
まきはすううっと慄いた。どうしようと困惑する。他人の思考が読めない常識を強調し意識してがんじがらめになった。
「私って変だと思う?」
まきは洋子に問いかけた。洋子は、まきを見据えた。まきの眼を直視した。
「変って思うのはいつも他人だし、私はどうでもいいし、あんたが変って思ったらまきがいなくなるよ。」
洋子の表情は、朝の冷気と鋭さのにじんだ色をしていた。まきは‘私はどうでもいいし‘というフレーズに体をぴくっと震わせた。
まきは少なからず洋子の繊細さを知っている。洋子が授業中、帰り道などで苦しそうにしていたことを知っていた。
先生のちょっとした不機嫌そうな表情が、すれ違う人の笑い声が、水を吸い込むように、ちくちくと苦痛の元になったことが洋子にもあったのだ。今は飄々としているとはいえ、いまもたまにそんな顔をするときがある。
洋子は、よく考える子だった。まきは集中して、洋子のニュアンスを汲み取ろうとした。今の言葉にはとげとげしい感じや、何かに対する対抗心も無かった。ただうっすらと地面に張る氷のように透き通っていて、少し力強い質感があった。