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右を見よ

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 古ぼけたエレベーターの扉が閉まると、そこにはマジックで字が書かれていた。
 『右を見よ』
 よくある落書きの類か……。俺は目的の階のボタンを押した後、半分呆れながらもつい興味本位で右を見てしまう。すると予想通り右側の壁にも文字が書かれていた。
 『左を見よ』
 俺は指示通り首を左に向ける。左側の壁にも字が書かれている。
 『上を見よ』
 その時、エレベーターが揺れ、急に動きが止まった。このまま止まったままになるのではと不安になったが、停止したのは一瞬で、すぐに動き出した。このオンボロめ。
 そういえばこのビルでは前に、殺人事件が起きたとの話を聞いたことがある。そのことを意識すると急に気味が悪くなってきた。
この落書きもどうせいたずらだろうが、もしかしたら何かあるのではないかと思えてきて、鼓動が速くなってくる。そのまま無視をしてもよかったが、なにがあるのかが気になったので、俺は恐る恐る上を見上げた。天井には埃の被った蛍光灯の隣に、小さく赤い文字が書かれていた。
 『後ろを見よ』
 あの赤はもしかして血だろうか? 天井が薄暗いので、インクなのか血なのかがはっきりとしない。しかも色だけならまだしも、指で書いたような筆跡だったため、余計恐怖を感じた。
後ろといっても入ったときは特に何も見当たらなかったため、振り向いたところで何かあるわけはない。それは分かっているはずなのに、いざこうして振り向こうと思うと異様に緊張感が増す。
 入ったときに何も見ていないとはいえ、ただ単に何かを見逃していたということもありうる。それとも今後ろに何かが新たに現れたということも考えられる。
 しかし、このままでは緊張感に押しつぶされてしまいそうになるため、俺は腹をくくり、ゆっくりと振り返ってみた。
 その時、ちょうどエレベーターが止まり、アナウンスが流れた。
 「お出口は入り口と反対側のドアになります」
 目の前のドアが開いた。
作品名:右を見よ 作家名:ト部泰史