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鬼火の華【真田主従】

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 きじん、という言葉がある。
 天皇は神の皇子であるとの教えで「貴人」と呼び、連なる血筋もまた同じく呼んだ。そして第六天魔王とも称される「鬼人」織田信長。彼は鬼の血筋と噂され称されている。
 真偽を問う理由もないそれらを否定はしない。けれど俺は真偽を問う必要のない「きじん」を一人、知っていた。

「傷、見せて?」

 入るな、と言う前に侵入してきた忍びを追い出すのは至難の業だ。それを知っているから尚更、寝間に使用しているこの部屋に入れたくは無かった。下がれ、と告げる先手を打つかのように障子戸がスッと静かに閉ざされる。
 遠慮を知らないこの従者は俺の私室の何処に何が置かれているかを熟知しており、我が物顔で傷薬とあて布を取り出して来ては早く見せろと催促をした。
 先の戦で傷を負った。
 大事に至る程に深くはなく、肩を掠めた程度で戦装束の赤の所為もあってか目立たなくあったし実際、気付く者はいなかった筈。けれどそれを何の躊躇いもなく言い当てる男は、この忍びは、俺の知る「鬼人」であるが故だろうか。酷薄な笑みを口辺に浮かべながら、畳の上に正座している姿は空恐ろしい光景だ。
 鬼人。鬼の血に交わりし人。
 忍びである為に気配に鋭敏で、影に潜み、人の奥底を掴み取る術に長けて、俊敏に闇を走る。そして闇を渡り血を糧にして、常人と主従を結ぶ事で力を使う鬼の所以を知ったのは何時であっただろうか。

「傷と呼ぶ程のものでは無い。一人で出来る。」

「そんなに邪険にしないでよ、旦那。人前じゃあ、あんなに信頼し合った主従をやってるのに2人きりになった途端………、逃げるの?」

 低められた声に混ざりこむ殺気を受け流すだけで疲弊した。冷たさだけで皮膚を裂く、鎌鼬の刃のような鋭利な音の凶器。
 知っている筈だ。人前では、特に戦場では信頼して背中を預けるふりをしているのだと。ましてそれは、先に男の方から持ち出してきた話だった。
 契約の時に男が出した条件は仔細あったが、他人に彼が鬼人である事が露見するような真似はしてはいけない。というものがある。俺はそれを守り続けているだけだ。破れば喰らわれる、それを知っているから。
 忍びと同じく鬼も主を求める。鬼はその力を人の世で存分に使う為には人と主従の結びを行わなければいけない。主の命令に従う代わりに数ある約束事を守らせ、人を縛る事で力の源にしているのだと聞いた。違えた主は骨も残さず鬼に喰われる。
「逃げる?何から逃げようものか。お前の手当ては必要ないと言うておるのだ。」
 低めた声で叫ぶように告げれば、さぞ面白いものを見つけたのだろう童を思わせる表情を忍びは作って見せた。瞳だけが笑っておらず、それに映る自分の姿は確かに、闇から逃げる常人に見える。視線を逸らせば良いものを、悔しさに囚われた心が睨み返す事を躰に命じた。動かず、動けず、行灯の炎に照らされた赤い髪が炎の揺らめくような光彩を持ちながらゆっくり近付いてくるのを、知る。
 音も立てず風も騒がせずに歩く男の足並みを眺めるだけの視界の内で、昼に掴まれた腕を再度掴み上げられた事に気付くには幾許、反応の僅かに隙があった。掴まれて痛いと意識するまで、の。

「弱いよねぇ、」

 皮膚が。
 爪の先が食い込んだそれを不思議なものを見るように視界に入れながら、冷えた双眸で俺を見下ろす男は笑う声で言う。弱い、と。自らのそれは違うと暗に含ませるだけでは飽き足らず、俺が憎らしく思う言葉さえ使う、厭らしさ。
 人の噂を好む性質ではない事は俺を知る者の多くが同じように知っているが、けれど噂を情報の一端と知る以上は好き嫌いに限らずに集めなくてはならない。そしてその集めた噂の中に、俺は人を嫌う事や憎む事を知らないのではないかと言われているものがあった。
 可笑しな話だ。俺は人で、異人と称されはするが感情に欠落している訳ではない。少なからず苦手な人間は居るし、憎む矛先を人に向ける事もある。

「貴様の皮膚が人とは異なっているのだ。俺を比較させるな。」

「まぁね。人は脆いよ、皆。」

 ねぇ、と厭らしく上げられた口角の、血色薄い唇が膚に近付いて傷に触れた。

「だから足掻いて、もがいて、生きてくれなきゃ俺も仕える楽しみがない。足掻いて、もがいて、最期に、」

 触れる、ざらついた舌の心地悪さが肌の上を何度も往復している。丹念に傷をなぞりながら、舌先で塞がった筈の其処を広げて血を誘い出し、啜り始めた、鬼。忍びは静かな瞬きを数回繰り返して金色に変わった双眸を薄ら細めて嗤った。


「俺様に喰われてよ?」
作品名:鬼火の華【真田主従】 作家名:シント