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鬼火の華【真田主従】

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 大丈夫ですか、と差し伸べられた手を振り払う、パシンと皮膚を打った甲高い音が木霊した。構うな、短く続く。
 戦場の片隅。既に喧騒も過ぎ、勝ち戦に少なからず高揚している兵士達の耳を打つには冷たすぎるそれに、じわりと静寂が場を包む。
 何か、あったのか。
 衆目の視線は音の発生源に注がれ、けれど気づかないそれの中心が珍しくも怪訝な表情を隠さない儘で居る。否、それはいっそ嫌悪に似ていた。
 珍しくも、と群衆は思う。
 拒絶の素振りで手を振り払った男は、未だ齢若くも一軍を率いる将として先ほどの戦でも獅子奮迅の働きを見せていた者だった。武田軍内において名を知らぬものは居ない男。名の知れた彼だからこそ、多くの衆目は奇異の色を隠さずに成り行きを眺める姿勢を崩さなかった。
 朱に染め上げられた戦装束、二本の槍、風へと靡く朱色の鉢巻。背に描かれた六紋銭が誰を示すものかなぞ判りきっている。
 真田の旦那。
 振り払われた手を宙でひらひらと振りながら、隣りへ立つ忍びが彼を呼んだ。注目されている事を知っている、声。

「強がるなって。昨日の団子が少なかったの、まぁだ根に持ってるの?」

 大袈裟に上げられた声が戦場に響くかの様子に漸く、ハタ、と気づいた男の顔の変わり様は面白いもので、注目していた者たちを満足させるものだった。と言うのも、常ならば童子かと疑いたくなるような陰を知らない笑みばかりを携える顔が酷く強張り、恐怖にも近い嫌悪で歪んでいたものが一転、注目を集めていた事への羞恥に湯気さえ噴きそうな程に赤面し、隠れる場所を探しては見つけられずに小さくなったのだから、だ。
 小さく「済まぬ。」と、彼を知るもの達には安心を呼ぶように、微笑ましさを覚える恥ずかしそうな声が返った。
 真田幸村は武田軍下の馬廻り集の中でも特に武勇を轟かす若武者で、信玄の懐刀との呼び声も高い青年だ。炎のように熱い心を持ち、と称するものも多いが実際に炎を扱う事でも密やかに有名であった。
 異人。常人とは異なっている人、と読む。
 しかして戦国の乱世。戦功を上げて武将となる者の多くに異人が混ざっているような世界、少なからずそれは居た。武田の総大将であるお館様、武田信玄が神懸り的な力で大地を割ったと言われて人が納得するように、軍神と呼ばれる上杉謙信が神懸り的な力で戦場を見通す事さえ畏怖よりも信仰に繋がる。それは常人の中に居て、神事を取り扱う者であるかのように思われているようだった。
 つまり、件の真田の若武者が異人である事に然したる問題は無かった。また、その幼さ抜けない人懐こい性格の為に人として好かれる所も多い。所以に見慣れぬ表情を浮かべたのであれば奇異の視線が向くのは当然にも近い。
 なによりこの若者が身分の分け隔てなく親しみを持てる人物である事も視線を向けていた足軽衆たちには知れ渡っていたのだから尚更、常から控えさせている忍びの手を払った事が異質である事は瞭然だった。
 真田忍軍と呼ばれる「草」たちは、戦国随一の情報網を持つのではと言われている。
 草は本来、侍のように身分を持たない。石高を与えられるでもない彼らには金子などの確かな報酬を与えなければ主従は成り立たず、その主従の縁が切れて他に主を持ち、更には先の主の首をと命を受ければ感情を波立たせもせずに任務を全うする。
 そう定められている忍びに対しても隔てなく接する真田幸村という男が。
 数々の前提によって成り立つ衆目の視線は、軽い口調で交わされた主従の会話を聞いて霧散した。霧散したのを雰囲気で知れば大袈裟な程の安堵の息を洩らしたのは主の方で、それを周りに気付かれないように笑ったのは忍びだ。

「駄目ですよ、」

 下弦の月に似せて引き上げたような笑みを浮かべる唇を厭らしく湿らせた舌の生温かさが吐息に溶けて、寄せられた耳元に、ふぅ、と掛けられた。
 瞬間、ビクリと肩を震わせて振り払おうと上げられた腕を掴み取る忍びの、指先に付けられた鉤爪が皮膚を抉る。

「密事は知られちゃあいけない。ちゃんと、隠さなきゃ。」

 低く、地を這うかのように低い声はけれど耳に心地良い響きを残していて、魔魅を思わせる色を過分に含んでいた。忍びが纏う闇が濃くなる気配。
 総大将が帰還を告げている。足並み揃えた騎乗武者たちに続いて、足軽たちがゆっくりと立ち上がり後を追って歩き出すのが見て取れた。真田幸村の所在を探す草が遠く「お戻りを」と告げている。

「ほら、戻りましょうか…ゴシュジンサマ?」

 黒く砥がれた鉤爪を懐の中へと隠して、うそりと哂った忍びが空へ跳躍し誰ぞの影に潜んで消えた。余韻だけを残して。

作品名:鬼火の華【真田主従】 作家名:シント