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スライム

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 朝だ。学校に行くのは面倒くさい。勉強も人間関係も。だけど昨日はさぼってしまったから、今日は行かなきゃ。本当に面倒くさい。
 のろのろと準備をして家を出る。遅刻なんてどうでもいい。最寄の駅に着くと、改札口を入り、ホームのいつもの場所に立った。左足に体重をかけ、鞄から携帯電話を取り出そうと視線を移すと、傍に居た中年男性の足元に、50センチほどの暗い赤紫の物体が落ちていた。いや、在ったと表現するべきか。何かと思って見つめていると、それはうぞうぞと不気味な動きを見せた。巨大なナメクジのようだ。どろどろと表現するには少し固めで、だが粘土よりは柔らかそうだ。昔遊んだスライムに似ている。あれは蛍光グリーンで明るい色だったが、男性の足元を移動するそれは、あまりにも暗い色をしている。気持ちが悪い。私は視線を逸らさないまま、だけど少しだけ避けるように移動した。隣に居た女性に肩が当たってしまい、そちらに視線を移してしまう。小さく早口で謝罪すると、私は急いで先程の不気味な物体の方を振り返った。それは、いつの間にか男性の右足に絡みつき、ゆっくりとした動きで上へと移動しているところだった。だが絡みつかれた男性も、周りに居る私以外の人々も、誰一人としてそれを気にしていないようだ。寧ろ、それの存在に気付いているのは私だけのようだった。私だけに見えているのだろうか。何故。いや、それよりもこの物体は何なのか。じりじりと男性の身体を伝って上っていくと、やがて首に辿り着き、水にインクを落としたように、音もなくぱぁっと消えていった。電車がやって来るというアナウンスが流れる。男性はぼんやりと前を見たまま、電車に乗り込んでは来なかった。
 学校に着くと、校舎の中がいつもよりもっとざわついているようだった。教室に入って友達に軽く挨拶すると、何かあったのかを訊ねた。友達はそれまで見ていた携帯電話から顔を上げると、電車が人身事故で止まっていると教えてくれた。そのせいで朝のホームルームまでに学校に来られない生徒が大勢いるようで、職員室の電話が鳴りっぱなしのようだ。私が乗った次の電車が人身事故で止まったらしい。
 私は「そうなんだ」と気のない返事をして、だけど心臓は痛いほど激しく鼓動した。だが、頭は氷水を掛けられているように冷えるという感覚を、心の隅で不思議だなと他人事のように思っていた。人身事故の大半が飛び込み自殺だという路線だ。あの中年男性だろうか、それとも思い過ごしか。
 遅刻したクラスメートの男子が、休憩時間に大きな声で事故現場に出くわしたと話していた。やはり事故などではなく、飛び込み自殺だったらしい。嫌がった女子に止められ、どんな死体だったかを聞かずに済んだ。昼食前から気分の悪くなる話など聞きたくない。その男子は最後に、リーマンっぽいおっさんだったよ、と何故か自慢げにそれだけ言った。
 遅刻者が多かったこと以外は何事もなく一日が終わり、部活に所属していない私は早々に教室を出た。学校の最寄り駅のホームで、朝の嫌な光景を思い出した。早く忘れたい。ふと気配を感じて後ろを向くと、私の足元にあの不気味な物体が這いずって来ていた。
 息を飲む。私を狙っている、と直感的に思った。これではまるで、私が電車に飛び込むようではないか。それだけは嫌だ、まだ死にたくない。私は不審者にならない程度に足早にその場を離れた。物体の動きは緩慢で、私が電車に乗り込むまで追いつかれることはなかった。
 電車が発車したあとも心臓が痛い。私は深呼吸をした。大丈夫、あの物体はこの電車に乗り込んでは来なかったのだから。暫くそうして、鼓動を落ち着かせる。
 ふと暗くなった窓の外を見ると、巨大な赤黒いスライムが、猛スピードで走る電車を覆い尽くすところだった。
作品名:スライム 作家名:徳野ちさ